霊源寺之東
、真言宗而属
醍醐寺
」とあり、「山城名跡巡行志」には門と堂が南向きであると記される。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
京都市北区西賀茂(にしかも)神光院町にある真言(しんごん)宗の単立寺院。山号は放光山(ほうこうさん)。本尊は弘法(こうぼう)大師像。弘法大師の霊場で、通称「上の弘法さん」とよばれる。東寺(とうじ)、仁和寺(にんなじ)とともに京都三弘法の一つ。もと上賀茂神社の境内にあって瓦屋(かわらや)寺と称していたともいうが、詳細は不明。寺伝によれば、1217年(建保5)に上賀茂社社務職松下能久(たかひさ)が神託を受け、大和(やまと)(奈良県)三輪(みわ)の慶円(けいえん)を招いて中興。のち醍醐寺(だいごじ)金剛王寺(こんごうおういん)の覚済(かくさい)が院主となってから醍醐寺に属した。江戸時代には寺領70石であった。その後荒廃したが、幕末の歌人太田垣蓮月(おおたがきれんげつ)が隠棲(いんせい)した茶所(ちゃしょ)が、境内に数寄屋(すきや)風休憩所として残っている。寺宝に絹本着色仏眼曼荼羅(ぶつげんまんだら)図1幅、『細字金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』、『悉曇(しったん)略記』1巻などの国重要文化財がある。
[祖父江章子]
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