日本大百科全書(ニッポニカ) 「禅の心理学」の意味・わかりやすい解説
禅の心理学
ぜんのしんりがく
psychology of Zen
禅または坐禅(ざぜん)を心理学的な方法によって研究したり、心理学の原理によって考察したりする心理学の一分野。禅の心理学的研究は、精神生理学、精神医学、心身医学、催眠研究、カウンセリング、創造性研究などの理論や研究方法を用いて発達してきた。禅の心理学で研究されている内容は、次のとおりである。
[恩田 彰]
坐禅の生理的心理学的研究
坐禅中の禅定(ぜんじょう)(瞑想(めいそう))について、脳波では徐波化が行われ、α(アルファ)波~θ(シータ)波の出現、呼吸数の減少、脈拍数の増加、皮膚電気反応が出現しやすくなる。血管収縮性の反応の減少、発汗の増加、筋緊張の解放などがみられる。これらは坐禅が心身が適度に安定した覚醒(かくせい)状態であることを示している。
[恩田 彰]
坐禅の心理学的研究
坐禅は調身(身体を調え)、調息(息を調え)、調心(心を調える)から成り立つ。その点、坐禅は、自己の心身を調整するセルフ・コントロールの方法としてとらえることができる。坐禅によって心身の安定が得られることから、自己催眠法、自律訓練法との比較研究が行われている。体位法(体操法)や呼吸法は、ヨーガとの比較が参考になる。調心は、注意集中と禅定の二つに分けられる。注意集中は、一つの事象に注意を集中することである。禅では数息観、公案への注意集中がくふうされている。禅定は、一つの事象に注意をとどめない心の状態である。禅定では自己と事象が一つになることから、これをとくに「三昧(さんまい)」という。自己と事象が一つになると、心身の機能が十分に働くようになる。
[恩田 彰]
悟りと創造過程との比較研究
思考の過程を分析すると、思考→注意集中→瞑想の連続性が認められる。その際、禅では悟りが、創造過程ではイメージ、アイデアや直観が、注意集中→禅定の過程から生じる。すなわち、自己と対象とが対立していたのが、主客が一つになるので、その境地から自己と環境をみると、いままでとまったく違った新しい見方が出てくる。ここに「悟り」が得られる。
[恩田 彰]
禅と心理療法との比較研究
心理療法やカウンセリングは人格の変容、成長力、創造性の開発をもたらすが、禅も同じような働きをすることがわかってきた。禅と心理療法やカウンセリング、とくに精神分析や森田療法との比較研究によって、坐禅の悟り(気づき)が心身の緊張の解放と安定をもたらすことが示されている。また坐禅は自律訓練法と同様に、心身のホメオスタシス(生物としての均衡化作用)を促進し、心身を十分に機能させ、自然治癒力を高めることが明らかにされている。その点、禅の心理的機制は、心身医学の有力な理論と方法とを提供している。自律訓練法を展開し自律療法の体系をつくったルーテWolfgang Luthe(1922―85)は、自律療法や、禅やヨーガなどを参考にして、CMT(Creativity Mobilization Technique)という創造性開発法をつくった。これは、新聞紙にポスターカラーと絵筆を使って、禅のときのように何も考えないで、自由に書かせるのである。
[恩田 彰]
『平井富雄著『座禅の科学』(1982・講談社)』▽『秋重義治博士遺稿集刊行会編『道元禅の大系』(1983・八千代出版)』▽『恩田彰著『創造性開発の研究』(1980・恒星社厚生閣)』