神経症患者を対象とした精神療法の一つで、1920年(大正9)ごろ精神医学者森田正馬(まさたけ)(1874―1938)が開発したもの。治療原則は、無意識についての分析や症状の内容解釈などはせず、症状(気分)はあるがままに受け入れるが、やるべきことを指示して目的本位、行動本位に実行させることで、指示的な精神療法といえる。森田理論によれば、神経症はヒポコンドリー性基調(神経質な性格傾向)をもつ者が、なんらかの誘因によって注意を自分の身体の不調や心理的変化に向けるようになり、注意をますます集中することによって感覚が鋭敏化し、不調感が増大するとともに、注意はいよいよそのほうに固着して「とらわれ」がおこってくる。こうして注意と感覚が交互に強め合って症状を固定化させる。これを精神交互作用といい、その病態を森田神経質とよぶ。すなわち、神経症の発病因子としてはヒポコンドリー性基調と精神交互作用が重視され、誘因は単なるきっかけにすぎないとされる。したがって森田療法の治療目標は、〔1〕神経症的人格(ヒポコンドリー性基調)の陶冶(とうや)、〔2〕主として精神交互作用に代表される神経症的な心理機制の打破、〔3〕生の欲望の発揮(自己実現)の三つに要約される。その方法としては、症状をあるがままに受け入れる体験療法、終日ベッドに横たわる絶対臥褥(がじょく)、個人および集団精神療法、作業療法、日記指導など、多様なアプローチがなされる。
森田療法は、前記の治療目標を踏まえれば外来通院の状況でも可能であるが、原法は入院によって行う。それは、絶対臥褥という特有な刺激遮断の状況が設定されやすいこと、治療的雰囲気をもつ治療集団への参加によって有利な刺激が得られること、他者とのかかわりを通じて自己洞察を獲得しやすいことなどの理由による。入院期間は原法では40日であるが、一般には40~60日である。第1期は約1週間の臥褥時期である。患者はすべての刺激から隔離され、面会、談話、喫煙、読書、テレビその他いっさいの活動は禁じられ、食事と便通以外はほとんど臥褥を強制させられる。その目的は、鑑別診断、身心の安静、不安や苦痛に直面させて煩悶(はんもん)即解脱(げだつ)の体験を得しめることなどである。第2期は3~7日間で、大要はやはり隔離療法である。交際、談話、外出を禁じ、臥床時間を7~8時間とし、昼間は外気浴を行い、日記指導を中心とする個人精神療法が主体となる。第3期と第4期はそれぞれ1~2週間で、作業療法と集団療法が主体となる。つまり、森田療法は多面的なアプローチをもつ総合的精神療法ともいえるわけである。
なお、森田正馬は1874年(明治7)1月13日高知県香美(かみ)郡富家(ふけ)村兎田(現野市(のいち)町)に生まれる。1902年(明治35)12月東京帝国大学医科大学を卒業、精神医学を専攻して呉秀三(くれしゅうぞう)の指導を受け、東京巣鴨(すがも)病院の院内制度大改革にも参画、翌年9月東京慈恵医院医学専門学校教授となり、21年(大正10)同医科大学教授に任ぜられ、37年4月退職して名誉教授となる。その間、森田神経質研究所長、日本精神医学会評議員、根岸病院顧問、雑誌『神経質』主幹などとしても活躍する。また、神経質症の研究をはじめ、祈祷(きとう)性精神病を心因性精神病として初めて記載、土佐の犬神憑(つ)きの調査研究からパラノイアの精神病理を論じて新機軸を出すなど数多くの業績を残した。とくに難治とされていた神経症治療に対する新発見は、多くの門下の実践追試によって実績が認められ、国際的に森田療法として注目されるに至った。研究活動の中心に森田療法学会がある。
[長谷川和夫]
『森田正馬著『神経症の本態と療法』(1960・白揚社)』▽『大原健士郎他著『森田療法〈サイコセラピー・シリーズ〉』(1970・文光堂)』▽『野村章恒著『森田正馬評伝』(1974・白揚社)』▽『森田正馬生誕百年記念事業会編『森田正馬全集 全7巻』(1974~75・白揚社)』▽『長谷川和夫著『森田療法入門』(1993・ごま書房)』▽『大原健士郎著『あるがままに生きる』(1994・講談社)』▽『渡辺利夫著『神経症の時代 わが内なる森田正馬』(1996・TBSブリタニカ)』
1920年ころ森田正馬(まさたけ)が創始した,神経症者に対する独自の精神療法。森田の精神療法における基本姿勢の一つは,人間に備わる自然治癒力(常態心理)の発動化を促すことであり,その二は,神経症形成の根底にある感情執着の悪循環を断ち切ることであった。森田療法は臥褥(がじよく)療法,作業療法,体験療法などとも呼ばれるが,これらの別名に示されるように,行動中心の技法をもっている。森田療法の原法は次の4期に分かれる。
(1)第1期 約1週間の臥褥療法の時期である。この時期には,患者を隔離して,面会,談話,読書,喫煙,その他すべての慰安を禁じ,食事,便通のほかは絶対臥褥を命ずる。その目的は,第1に臥褥中の精神状態を観察して診断上の補助とし,次に安静によって心身の疲労を調整し,さらにこの療法の最大目的である患者の精神的煩悶を根本的に破壊し,いわゆる煩悶即解脱の心境を体得させることにある。(2)第2期 この時期における処置の大要も隔離療法である。交際,談話,外出を禁ずるが,臥褥時間を7,8時間に制限し,昼間は必ず戸外に出して新鮮な空気に触れ日光にあたるようにする。第2日から夜間は日記を書かせ,これによって患者の精神的・身体的状態を知る便宜とし,あわせて日記指導を行う。起床時および就寝前に,歴史書や科学書などを音読させる。こうすることによって,患者は翌朝には精神の自発活動をしだいに復活させ,夜にはしだいに精神統一を得るようになる。(3)第3期 この時期には,作業,たとえばのこぎり引き,薪割り,どぶさらい,畑仕事,庭造り,指物,大工仕事などを随意にさせる。この場合,各作業のやり方とそれに対する精神的・身体的態度を教えるにとどめる。この時期から,読書も一つの作業として行わせるが,書物の種類は快楽的な内容のものは排し,また哲学,文芸など思想的なものも禁ずる。この時期になっても交際,遊戯,共同作業,無目的な散歩,体操などを禁じ,自分の仕事もしくは読書をさせる。(4)第4期 この時期には興味本位からではなく,外界の変化に順応するために必要な訓練をさせ,日常生活に復帰する準備をさせる。
森田療法は原法では40日間の入院となっているが,最近ではこの程度では短すぎるとされ,2,3ヵ月間入院させることも少なくない。また,種々の変法が行われ,第1期を除く各治療期の境界は必ずしも明確ではなくなり,読書内容も作業内容も近代風になっているのが通例である。また遊戯療法や座禅などをとり入れている施設もある。各施設では,指示的な集団療法,アフターケアを兼ねた例会,機関誌の発行なども行われている。また,外来患者に対しても,森田療法的アプローチが盛んに行われている。治療者としての基本的な態度としては,〈症状(気分)は,“あるがまま”に受け入れ,やるべきことを目的本位,行動本位に実行させる〉ということであり,〈健康人らしくすれば,健康になれる〉というアプローチがよくとられる。つまり森田療法は指示的な精神療法といえる。
執筆者:大原 健士郎
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…第3には,それによって新しい適応した行動を身につけること(自己実現,行動変容)である。一般に,危機や新しい不安に対しては,受容的態度で患者の自己表現をはかり,洞察をまつが,慢性化した行動や態度の異常に対しては学習や訓練の側面が中心となる(行動療法,森田療法)。治療者との人間関係に重点をおくもの(精神分析,カウンセリング)から特殊な状況のなかでの変容を期待するもの(森田療法,内観療法)等,また,理論や利用する手段に従ってさまざまな分類がある。…
…大正・昭和期の精神科医。精神療法である森田療法を創始した。高知県生れ。…
※「森田療法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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