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福知山線(読み)ふくちやません

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

福知山線
ふくちやません

尼崎 (兵庫県) と福知山 (京都府) を結ぶ鉄道。 JR西日本。全長 106.5km。 1893年摂津鉄道が川西池田に通じ,99年阪鶴鉄道として全線開通。尼崎-篠山口間は JR宝塚線との愛称をもつ。 1907年国有化。 87年4月民営化された。

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百科事典マイペディアの解説

福知山線【ふくちやません】

兵庫県尼崎〜京都府福知山間のJR線。営業キロ106.5km。大阪から山陰方面への幹線で,1893年摂津鉄道による尼崎港〜川西池田間の開業に始まり,のち阪鶴(はんかく)鉄道に譲渡,1904年全通。1907年国有化。列車は大阪から直通し,大阪〜篠山口間はJR宝塚線と愛称。2005年4月25日,塚口駅〜尼崎駅間で脱線事故(鉄道事故)が起こり,死者107人,負傷者500人を越す大惨事となった。
→関連項目東西線

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世界大百科事典 第2版の解説

ふくちやません【福知山線】

東海道本線尼崎駅から伊丹,宝塚をへて山陰本線福知山駅に至る106.5kmのJR西日本線。1893年12月摂津鉄道の手によって尼崎~池田(現,川西池田)間が開業したが,摂津鉄道はその後阪鶴鉄道に買収され,同社の手によって99年7月福知山までが全通した。1907年8月国に買収され,09年の線路名称制定当時は現在の舞鶴線と合わせて阪鶴線と称され,12年5月福知山線と改称された。沿線南部は阪神のベッドタウン化が著しく,81年4月には宝塚までの電化が完成し,97年3月には尼崎から京橋に至るJR東西線の開業で片町線と結ばれ,都市交通線として生まれ変わっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

福知山線
ふくちやません

西日本旅客鉄道(JR西日本)の線路名称。尼崎(あまがさき)(兵庫県)―福知山(京都府)間106.5キロメートル。尼崎―篠山口(ささやまぐち)間58.4キロメートルが複線化(2016年時点、複線化率54.8%)、全線直流電化。尼崎より大阪平野を北上し、武庫(むこ)川、篠山川(加古川の支流)、竹田川(由良(ゆら)川の支流)などの河谷を経て、福知山で山陰本線と接続。尼崎(後の尼崎港)―池田間は摂津(せっつ)鉄道によって1893年(明治26)開業(軌間762ミリメートル、1891年開業の川辺(かわべ)馬車鉄道の路線を蒸気鉄道に改築)、1897年阪鶴(はんかく)鉄道に譲渡されて1067ミリメートル軌間に改軌された。池田―福知山間は阪鶴鉄道により1897~1899年(明治30~32)開業、1907年(明治40)国有化された。1909年線路名称の制定とともに阪鶴線と称され、後の山陰本線や舞鶴(まいづる)線の一部を含んだ時期もあったが、1912年神崎(かんざき)(現在の尼崎)―福知山間および塚口―尼崎間を福知山線とよぶこととなった。福知山線は長らく阪神地方と山陰地方東部を結ぶ幹線鉄道の一部としての機能のみが強調され、大都市近郊輸送の機能はほとんど顧みられなかった。1980年代の北摂(ほくせつ)ニュータウン計画などとの関連で近郊通勤線としての整備が始まり、1981年(昭和56)に尼崎―宝塚間の電化と複線化、1986年に宝塚―福知山―(山陰本線)―城崎(きのさき)間の電化と宝塚―新三田間の複線化とルート変更が完成。1997年(平成9)には篠山口まで複線化された。すべての列車は尼崎から東海道線やJR東西線に乗り入れて、大阪方面へ直通する。大阪―福知山・城崎間には特急列車が走り、大阪―篠山口間は列車の運行本数も多い。1987年、日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化に伴い、JR西日本に所属。大阪―篠山口間はJR宝塚線の愛称でよばれる。なお、塚口―尼崎港間は1984年に廃止された。[青木栄一・青木 亮]

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