改訂新版 世界大百科事典 「秋の夜の長物語」の意味・わかりやすい解説
秋の夜の長物語 (あきのよのながものがたり)
室町時代の物語。1巻。作者不明,天台宗の僧か。南北朝時代に成る。秋の夜,老人が人々に語るという形式をとる。比叡山の僧桂海は,遁世を願いながら,三井寺の児(ちご)梅若と恋におちる。これが因となって延暦寺と三井寺の間に争乱をひきおこし,三井寺,梅若の父左大臣邸が焼失する。傷心のあまり梅若は入水し,これを縁に桂海は真の発心をして,雲居(うんご)寺の瞻西(せんさい)上人と仰がれる。のちに,梅若は桂海を導く観音の化身であり,争乱は三井寺の僧たちを発心させる仏の方便であったと明かされる。僧侶と児の恋の悲劇を通じて,愛欲が人間的な苦悩を経て悟りに転ずるという,宗教的な命題を作品化している。《太平記》の文章をふまえながら,漢語,仏語を多用し,和歌の言葉をちりばめた練達の文体。《幻夢物語》《鳥部山物語》など,南北朝,室町時代の〈児(ちご)物語〉と呼ばれる一群の作品の典型であり,源流である。
執筆者:森 正人
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報