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稲垣栄三 いながき えいぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

稲垣栄三 いながき-えいぞう

1926-2001 昭和後期-平成時代の建築史家。
大正15年6月29日生まれ。太田博太郎,堀口捨己(すてみ)に師事。昭和48年東大教授となる。のち明大教授。44年神社建築史の研究で建築学会賞。著作「日本の近代建築」で近代建築のはじまりを大正時代とする説をとなえた。平成13年3月6日死去。74歳。山形県出身。東大卒。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

稲垣栄三
いながきえいぞう
(1926―2001)

建築史家。東京に生まれる。1948年(昭和23)東京大学第一工学部建築学科卒業。卒業論文では、平安時代寝殿造の使われ方を『源氏物語』などの史料から明らかにした。同年大学院に進み、岐阜県飛騨の白川村の民家調査に参加。その成果をもとに論文「山村住居の成立根拠」(1952~54)を著す。大家族制度を中心とした社会的背景と建築との関係を、村落経済・住居形態・村落組織の三面から考察し、斬新な方法論によって同世代の研究者を刺激した。社会的事象を帰納して建築の変遷を描き切ることを最終目的とするのではなく、建築のなかに社会の現れを透視するという研究姿勢を示している。
 52~60年東京都立大学助手を務め、この間には日本における近代建築の成立過程の分析に取り組み、学位論文として完成させる。その成果を踏まえた『日本の近代建築』(1959)において、個別研究の乏しい当時、幕末から第二次世界大戦終結までの近代建築の発達の歴史を、その全体性において把握しようという意欲的な試みを行う。同書は、建築家(architect)の自己意識と社会的地位の形成過程を軸に、建築の意匠だけでなく、生産、思想などの問題を多面的に描出して、以後の日本近代建築史研究の基本的な評価軸を提示した。
 60年代の主著としては『神社と霊廟』(1968)がある。それまでの研究を咀嚼(そしゃく)し、文献史料がきわめて限定される神社建築の発生という問題に対し、説得力のある論理を構築、本殿の原形的な諸形式の起源と伝承に関するその後の定説を形成した。神社建築の研究により建築学会賞受賞。
 70年代後半からは、広島県竹原の調査を皮切りに一連の集落調査を行う。居住史の分野における成果は多くの報告書や『民家と町並み』(1989)にまとめられている。
 建築遺産の保存と継承についても早くから意識的であり、帝国ホテル(東京)の保存問題などに取り組み、文化庁文化財保護審議会専門委員会、日本イコモス(国際記念物遺跡会議)国内委員会、町並み保存連盟、文化財建造物保存技術協会、環境文化研究所など、保存に関連する内外の団体に広く関わる。実践的な活動と並行して、保存論に関する理論的考察を深めた。その一部は『文化遺産をどう受け継ぐか』(1984)に収録されている。
 60年東京大学工学部助教授、73~87年同教授、87年から明治大学工学部教授を務めた。幅広い視野のもとで、研究室からは鈴木博之、陣内秀信、三宅理一(りいち)(1948― )ら、新たな領域を対象とする建築史、都市史の研究者が多く生まれている。83年「建築史学会」の創設と機関誌『建築史学』の発刊においても中心的な役割を果たした。[倉方俊輔]
『「山村住居の成立根拠」1~3(『建築史研究』所収。1952年12月号、1953年3月号、1954年3月号・彰国社) ▽『日本の近代建築――その成立過程』(1979・鹿島出版会) ▽『文化遺産をどう受け継ぐか』(1984・三省堂) ▽『民家と町並み――復元日本大観6』(1989・世界文化社) ▽『神社と霊廟』(1994・小学館)』

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