深良(ふから)用水ともいう。箱根外輪山湖尻(こじり)峠の下に隧道(ずいどう)を掘り、相模(さがみ)国(神奈川県)芦ノ湖(あしのこ)の水を駿河(するが)国駿東(すんとう)郡深良村(静岡県裾野(すその)市)の深良川に注ぎ、さらに流路変更や新川掘削工事などを施して黄瀬(きせ)川に結び、かつての井組29か村(御殿場(ごてんば)市の一部および裾野市、長泉(ながいずみ)町、清水町など)、面積500ヘクタール余に灌漑(かんがい)用水を供した用水。この用水の特色は、相駿国境および水系を越えた用水路であること、また湖尻峠の下に長さ1341.8メートル、平均勾配(こうばい)250分の1、取入口と取出口の標高差9.8メートルという巨大な隧道をもつことである。深良村以南の地は箱根山および愛鷹(あしたか)山の裾に開け、北から南に黄瀬川が流れているが、水量も少なく、また深い侵食谷を形成しており、灌漑用には不十分で開発も不可能であった。
1663年(寛文3)ごろ深良村名主大庭源之丞(おおばげんのじょう)は、江戸浅草の商人と伝えられる友野与右衛門(よえもん)らと図り、芦ノ湖の水につき伝統的に権限をもつ箱根権現(ごんげん)の別当快長(かいちょう)の理解も得て、大庭、友野らが元締(もとじめ)となって幕府に開削願いを出し66年に着工、70年に完成させた。動員された人夫33万余人、工事費も6000両とか、9700両などといわれ、工法も火薬など用いず鉄のみだけで掘り開けたという。隧道工事の進展につれ、箱根関所の存在にかかわり、幕府などの妨害をしばしば受け、また完成後まもなく友野らが消息不明になるなどの悲劇を伴っていたため、タカクラ・テルの小説『箱根用水』の題材にもなった。
なお、この工法の原型を蓼科(たてしな)山北麓(ろく)の五郎兵衛堰(ごろべえぜき)(長野県佐久市。1631完成)に求める推測もある。相駿二国にかかる用水路であったため、1896年(明治29)の逆川口破壊事件など神奈川県早川水系の人々との水利権をめぐる争いもみられた。
[若林淳之]
『『静岡県駿東郡誌』(1917・駿東郡役所)』▽『タカクラ・テル著『箱根用水』改訂版(1971・東邦出版)』
箱根の芦ノ湖の水を駿河国(静岡県)駿東郡に引水した灌漑用水。はじめ箱根掘貫,のちに深良(ふから)用水と呼ぶ。江戸町人友野与右衛門らが駿東郡深良村名主大庭源之丞とともに湖水を利用した新田開発を企て,1666年(寛文6)小田原藩と幕府の沼津代官所に出願,70年に完成した。灌漑高は6030石。用水の中心は湖岸からの掘貫(隧道)で長さ約1300m,その先は堀割で黄瀬川に合流している。開発された水田はもとは畑であったものである。用水の水懸り村は28ヵ村,完成後友野らは元締として上土狩村(現,駿東郡長泉町)に居住し,村々の年貢米から工事費(9000両余)を回収した。1679年(延宝7)まで元締が支配したのち,用水の管理は28ヵ村井組合に移り,1885年水利土工協議会,98年深良村6箇村芦湖水利組合と改称している。96年湖水利用の権利をめぐって神奈川県側と静岡県側が争い(逆川事件),静岡県側が勝訴している。
執筆者:内田 哲夫
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箱根芦ノ湖から駿河国駿東郡へ引水するため開削された用水路。はじめ箱根掘貫とも称した。同郡深良(ふから)村(現,静岡県裾野市)名主大庭源之丞を中心に,富士山麓の火山灰地質による旱害に悩んでいた地域の百姓が,江戸浅草の町人友野与右衛門らに資金の援助を求め計画した。箱根神社別当快長の協力によって,1666年(寛文6)江戸幕府の許可を得て工事を開始し,70年に完成。用水口は芦ノ湖字四ツ留に設けられ,深良村と芦ノ湖間の箱根外輪山を720間(約1300m,一説に738間)にわたって鉄鑿(てつのみ)で岩盤を開削し掘り貫いたもので,甲州流の土木技術によった。友野らは元締として工事費を年貢米から回収し,その後,用水の共同管理は「井組二十九ケ村」に移管。
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…享保年間には勘定吟味役萩原源左衛門美雅の命による治水工事,新田開発がなされた。1666年(寛文6)江戸浅草の豪商友野与右衛門と駿東郡深良村名主大庭源之丞によって箱根用水工事が始められた。箱根外輪山の山腹にトンネルを掘り,芦ノ湖の水を干ばつの地富士裾野に引く工事で,人夫延33万余,費用7335両,4年半の歳月をかけた難工事であったが,駿東郡29ヵ村が干ばつから免れることになった。…
※「箱根用水」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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