改訂新版 世界大百科事典 「組織適合抗原」の意味・わかりやすい解説
組織適合抗原 (そしきてきごうこうげん)
histocompatibility antigen
同一の動物種内で著しい個体差を示すタンパク質で細胞の膜表面に存在し,その個体差は遺伝的に決定されている。その不一致が臓器移植において免疫系の認識するところとなり,拒絶反応を引き起こすところからこの名がある。多くの組織適合抗原が見いだされているが,最も強い拒絶反応をもたらすものを主要組織適合抗原といい,高等動物で広くその存在が確認されている。ヒトのHLA抗原(1958年にヒト白血球抗原として発見された)およびマウスのH-2抗原がその代表的なものである。骨髄あるいは腎臓などの移植に際して主要組織適合抗原の一致率が高いほど,移植臓器の生着率は高くなる。主要組織適合抗原は構造と機能が異なるクラスⅠ抗原とクラスⅡ抗原とに大別される。クラスⅠ抗原(HLAではA,B,C抗原)はβ2-ミクログロブリンとクラスⅠα鎖とが非共有結合により結合した糖タンパク質であり,すべての有核細胞の膜表面に発現する。クラスⅡ抗原(HLAではDR,DQ,DP抗原)はα鎖とβ鎖とが非共有結合により結合した糖タンパク質であり,おもにB細胞(Bリンパ球)および抗原提示細胞(樹状細胞,マクロファージほか)の細胞表面に発現している。クラスⅠ抗原α鎖,クラスⅡ抗原α鎖およびβ鎖の遺伝子は主要組織適合遺伝子複合体(MHC=major histocompatibility complex)と呼ばれる一連の遺伝子領域に存在し,ヒトでは第6染色体のHLA領域に,マウスでは第17染色体のH-2遺伝子領域に位置する。動物種により一定ではないが,クラスⅠおよびⅡ遺伝子座は,それぞれ数種類存在し,さらにそれぞれの遺伝子座には多数の対立遺伝子が存在し,高度の多型性(個体差)を示すことが特徴である。クラスⅠ抗原は,ウイルスに感染した細胞を除去する機能を有する細胞傷害性T細胞の誘導および作用の発現に重要な役割を演じている。クラスⅡ抗原は,ヘルパーT細胞(Tリンパ球)に抗原を認識させ活性化するという重要な役割を担っている。またその多型(個体差)がT細胞による抗原認識の個体差を決定する。これは主要組織適合抗原が分子の先端に抗原の断片(ペプチド)を結合して細胞表面に発現し,T細胞は通常自己の主要組織適合抗原に結合した非自己由来の抗原ペプチドを認識して免疫応答を開始することによる。さらに主要組織適合抗原の多型にもとづき,それぞれの主要組織適合抗原に結合できるペプチドの種類も異なってくる。クラスⅠ分子は主に細胞質に由来する,またクラスⅡ分子は主に細胞膜あるいは細胞外に由来するタンパク分子が細胞内で分解されてできたペプチドを結合する。主要組織適合抗原の大多数は自己タンパク由来のペプチドを細胞表面に提示しており,T細胞はこれには反応しない。特定のHLAクラスⅡ抗原が陽性であるヒトは,自己抗原に対する免疫応答に起因する膠原病などの疾病にかかりやすく,これはHLAの個体差が病気を引き起こす抗原に対する免疫応答の個体差を決定することによると推測されている。このように主要組織適合抗原は移植に際して自己を非自己より区別する標識として発見されたが,本来の機能は生体に生じた外来性あるいは内在性の抗原の存在をT細胞に知らせて,これを排除することにより生体を防御することにある。
執筆者:笹月 健彦+西村 泰治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報