日本大百科全書(ニッポニカ) 「給排水設備」の意味・わかりやすい解説
給排水設備
きゅうはいすいせつび
産業および生活に適した水を供給し、汚れた水を排出するための設備であり、一般に上下水道施設と区別して、おもに建物の給水・給湯・排水設備、給排水の浄化装置および消火用水の配管設備をいう。
[石原正雄]
歴史
人類は数千年の昔から、かなり質の高い上下水道、給排水設備をもっていた。インダス川の流域(3000年前)、エジプト(5500年前)、古代バビロニア帝国(5000年前)、クレタ島(3000年前)には給水あるいは給排水の設備があった。エジプトでは銅の給水管が宮殿の各室に沿って埋められ、各寝室には浴室があった。古代バビロニア帝国の人民はユーフラテス川とティグリス川の間の広大な地域に運河網を建設し、バビロンには大きなれんが造りの下水路をつくった。クレタ島ではクノッソス宮殿の遺跡から給排水設備、衛生器具および暖房設備が発見された。器具の一つには硬質陶器で長さ1.5メートルの浴槽があった。これは19世紀末、アメリカで普及したベース付き鋳鉄浴槽の形によく似たものである。硬質陶器の水洗便器、差し受け継手をもつ土管、さらにT形とY形の分岐継手もみいだされた。
ローマ帝国は大規模な上下水道を建設した。公共および私用の浴場、鉛とブロンズ(青銅)の給水管、大理石の衛生器具は古代ローマ文明の高いレベルを示すものである。浴槽、浴用プールは釉薬(ゆうやく)タイルで内張りされ、温水、微温水、冷水が供給され、また熱気浴室もあった。太陽熱を利用した温水供給も試みられた。4~5世紀のローマでは水洗便所や配管器具が発達し普及したが、中世の約1000年の間には特記すべき発達はなく、都市では汚物が建物の窓から道路へ投げ捨てられ、夜間、清掃人の手で処分された。18世紀の後半になって、ようやく都市の公共下水道が建設され始めた。近代的下水システムはドイツのハンブルクで1843年以降に着工された。ロンドンでは1865年に広域下水道が建設された。
水洗便器は16世紀末にハリントンHarrington卿(きょう)が初めて設計し、18世紀の後半にカミングスやブラマーJ. Bramahが弁付き便器をつくった。1830年代に皿付き便器がつくられ、40年以上にわたって用いられた。排水管からの臭気を防ぐ封水トラップは18世紀までに考えられたようであるが、便器に用いられたのは19世紀なかばである。
給水設備は産業革命以前、すでに増大した都市人口の需要に応じてつくられたが、揚水設備による場合は1日に1時間くらい通水するだけで、その間に街路のスタンドパイプへ水くみに行かねばならなかった。加圧された給水管が建物の内部まで引き込まれ、絶えず利用できるようになったのは1842年のことで、ニューヨーク市の一部においてであった。
[石原正雄]
給水設備
建物の給水設備の水源は上水道および地下水、雨水である。このほか、産業施設のための工業用水道、水洗便所・掃除・散水に用いる雑用水道、中水道がある。これらは下水道処理水や建物の雑排水を再生したものである。水需要の増大に伴い、将来は雨水や再生水の大幅な利用や海水の利用が期待されている。水道水の水質基準には厚生省令(平成4年厚生省令69号)の基準がある。井戸水などがこの基準に合格したとしても、この基準に含まれていない有毒物が混入するおそれはあるので、飲料水としてまったく安全だとはいえない。なお、水道水は消毒のため遊離残留塩素を含ませている。
給水方式には次のものがある。(1)水道直結方式、(2)高置水槽方式、(3)圧力水槽方式、(4)加圧ポンプ方式。
(1)は水道本管の水圧により直接給水する方式で、日本では通常、2階止まりである。他国では5、6階まで給水できる高い水圧をもつ水道が多い。(2)(3)は高層建築に用いる方式で、(2)の高置水槽は建物の最上階の給水栓の位置より少なくとも7メートル以上高い位置に設け、1階か地階に設けた受水槽から自動操作のポンプで揚水される。(3)は受水槽から圧力水槽へポンプで水を圧送し、水槽上部の圧縮された空気の圧力によって揚水する方式である。空気補給装置が付属する。操作はすべて自動的に行われる。(4)は使用水量の時間的変化が少ない建物や地域に適用される。揚水ポンプを数台並列させ、使用水量の変化(水圧変化)に応じて自動的に作動台数を変えて圧送する。受水槽だけで他の水槽が要らないという利点がある。
超高層建築では高置水槽を10階程度に分散配置するほうが揚水エネルギーの節約になる。また、地下階および1、2階を水道直結方式とすることは有利であり、かつ災害や故障時に建物全体が断水状態となることを防ぐ。
建物の給水設計の第一段階は、その建物の種類、在室人員、衛生器具数、その他の水使用機器に応ずる使用水量の予測である。通常、住宅では1日1人当り200リットルくらい、事務所建築では1日1人当り100リットルくらいである。ピーク時の使用水量は平均値の2倍くらいになる。この予測のための手段は過去の同種・同規模の建物の消費水量調査資料に基づく。予測した使用水量によってその建物の受水槽や高置水槽の容量を決める。
給水管の材料は鋳鉄管、ステンレス鋼鋼管、硬質塩化ビニル管、硬質塩化ビニルライニング鋼管、ポリエチレン粉体ライニング鋼管が多く用いられる。また、耐衝撃性をもつ塩ビ管やポリエチレン管もある。給水管は表面に結露することがあるので、それを防ぐためガラス綿、岩綿、牛毛フェルトなどで保温する。とくに井戸水の場合は20ミリメートル以上の厚さが必要である。外気に露出した管は凍結防止のための保温が必要である。寒地では保温材の厚さがきわめて大きくなるので、なるべく地中や屋内に配管することが望ましい。
給水用ポンプには渦巻ポンプ(深さ7メートル以下の井戸用、高さ7メートルまでの揚水用)、タービンポンプ(深井戸用、高置水槽への揚水用)が用いられる。住宅用の井戸用ポンプには圧力水槽と一体となり、2階の高さまで給水できる製品がある。また、水道管の水圧が低い場合に用いる加圧送水装置も製品化されている。
最近は井戸水に限らず、水道水の残留塩素やにおいが気になる人のために、活性炭を用いた小型浄水器が販売されている。このほか、井戸水の鉄分を除く次亜塩素酸ナトリウムや特殊な合成樹脂を用いた除鉄器があるが、昔から用いられた砂利と砂や素焼の容器を通す浄水・除鉄の方法も有効である。
[石原正雄]
給湯設備
大規模建築の給湯は、給湯専用ボイラーから各給湯器具へポンプで圧送する集中給湯方式が多く用いられる。小規模建築、住宅などでは瞬間式給湯器、貯湯式給湯器による局所給湯方式が用いられる。しかし、これらの給湯器で大型の場合は、浴槽を含む数箇所の給湯栓へ供給できるので、小規模な集中給湯方式となる。熱源は都市ガス、灯油、プロパンガス(LPG)、電気で、深夜電力利用の貯湯式給湯器は有利である。最近は太陽熱給湯器が多数販売されているが、天候に支配されるので補助熱源が必要である。
このほか、ヒートポンプによる給湯設備も開発されている。建物からの排気、排水の熱を回収するヒートポンプは熱の有効利用の一方法で将来性に富んでいる。暖房用ボイラーを給湯と併合するのは不経済であり、推薦できない。給湯専用ボイラーを用いる場合、ボイラーの温水を直接給湯しないで別の貯湯槽の水を加熱するために用いる方式、あるいはボイラーの温水中にパイプコイルを通して給湯用水をつくる方式(いずれも間接加熱方式という)は、ボイラー内面に湯垢(ゆあか)が付着してボイラーの伝熱能力が低下するという欠点がない。
給湯配管、給湯設備に特有の器具は、水の温度膨張に備えるために膨張管、膨張水槽(普通、給水用水槽と兼用)の設置、あるいは密閉システムの貯湯槽の場合は空気抜き弁、真空ブレーカーの設置が必要である。
[石原正雄]
飲用冷水供給
床置きのユニット冷水器には、給排水管を接続するプレッシャー式と、ときどき水を入れる水容器によるボトル式とがある。これらはいずれも小型冷凍機で水を10℃くらいの一定温度に冷却する。集中式冷水供給設備は、冷凍機によって間接的に冷却される密閉水槽から出て、そこへふたたび返る回路状の配管を行い、建物内の各冷水栓へ供給する。冷水はポンプによってつねに循環させておく。上質の冷水を供給するためには水道水をさらに浄化することが必要である。
[石原正雄]
衛生器具
衛生器具とは、おもに人の生理的要求を満たすための大小便器、個人の清潔、衛生を維持するための手洗い器、洗面器、浴槽、シャワーなどと、それらに付属する給水・給湯栓、排水金物、トラップなどから構成される器具類である。衛生器具の主体となる水受け容器の材料は陶器、ステンレス鋼板、ほうろう鉄器、合成樹脂などであるが、衛生陶器といわれる吸水性の少ない表面をもつ陶器(溶化素地質、化粧素地質)がもっとも好まれ、普及している。流し類(料理用、掃除用、実験用、汚物用)も衛生器具に含めているが、その材料はステンレス鋼板やほうろう鉄器が多く用いられる。浴槽にはステンレス鋼板、ほうろう鋳鉄が適している。
大便器は洋風と和風の別があり、洗浄、排水の機能上、洗い出し式、洗い落とし式、サイホン式、サイホンボルテックス式、サイホンジェット式、ブローアウト式がある。洗い出し式は普通の和風便器に用いられ、洗い落とし式はおもに洋風便器に用いられる。サイホン式はサイホン作用による吸引排水で汚物や紙が残ることなく除去される。サイホンボルテックス式はサイホン作用に渦巻作用を加えて、強い吸引排水をおこすものである。サイホンジェット式はトラップ入口の噴水(ジェット)によってサイホン作用を確実におこすもので、もっとも優れた性能をもつ。ブローアウト式はおもに事務所や公共建築に用いられ、強い水圧の噴水で汚水を排水管へ誘引するものである。水洗便器の洗浄水は洗浄水槽(ハイタンクまたはロータンク)あるいは洗浄弁によって供給される。住宅や水圧の低い所には洗浄水槽方式が適している。ロータンクによるサイホン式便器は洗浄水音がもっとも低い。寒冷地用の凍結しない洗浄弁、洗浄水槽、便器もつくられている。
小便器には壁掛け形と床置き形がある。小便器の洗浄水は洗浄弁(押しボタン)、洗浄水栓および自動洗浄水槽によって供給される。最近は赤外線利用によって、各便器ごとに使用直後、洗浄する節水方式が製品化されている。
ビデはおもに性器と肛門(こうもん)の洗浄容器である。普通、給水・給湯栓を設け、溜(た)め洗いをするため排水口は開閉できるようになっている。最近、日本では大便器に付設する肛門洗浄乾燥器が販売されているが、ビデは足洗いや汚れた小物を洗うこともできる用途の多い器具であるから、今日ではヨーロッパ各国に普及している。
[石原正雄]
排水設備
衛生器具と流し類の排水、床排水および雨水を建物からその敷地を経て公共下水道に導くための配管設備をいう。完全な排水は、適当な管径の排水管、下水ガスを遮断するためのトラップ、およびトラップの水(封水)を保持し、排水を円滑にするための通気管を必要とする。住宅や小規模建築ではトラップを忘れる場合がある。とくに新しく放流できる地域になった場合、トラップなしの流しや床排水がそのままになっていることが多い。水洗便所から出る汚水を下水道へ放流できる地域(処理区域)では、建物内の排水は1本の主管に集めて道路肩にある公共下水桝(ます)に接続する。便所汚水が放流できない地域(排水区域)では、汚水と排水の2系統にまとめ、汚水系統は屎尿(しにょう)浄化槽を通して処理、消毒してから公共下水桝に接続する。排水区域にある人口1000人以上の住宅団地などでは、便所汚水と排水をまとめて汚水処理装置で処理して公共下水道へ接続する。雨水は一般に別系統とするが、処理水といっしょにして公共下水道へ接続してもよい。
トラップは普通、衛生器具や流し類の排水口の下に設けるU字形の曲管部に水をため、下水ガスの室内への侵入を防ぐためのもので、全体の形状からSトラップ、Pトラップの別がある。これらのトラップは満水で通水するときサイホン作用を生じ、水中の汚物を残さず排除し、トラップ内面をきれいに保つことができる。このほか、サイホン作用をおこさないドラムトラップとベルトラップがある。これは料理流し、床排水などに用いられるが、ときどき底にたまった汚物を取り除く必要がある。排水管は満水で流下しないような太さの管を用いるが、流下する際、管中の空気を誘引して流下部の上では負圧となり、下部では正圧となる。とくに立管を流下するときはその圧力が大きくなる。負圧がトラップに作用すればその封水は流出し、正圧が作用すれば下水ガスが室内へ侵入する。この現象を防ぐためには、排水管の要所に通気管を接続し、通気管をまとめてその末端を、もっとも高い位置にある器具より高い位置で外気に開放する。通気方式には、各器具ごとに接続する各個通気方式、排水横枝管をループの一部に用いる回路、環状通気方式および排水立管を上へ伸ばして外気へ開放する伸頂通気方式(単一立管方式)がある。単一立管方式は、横枝管に多数の器具が接続しないホテル、アパートなどの通気に適していて経済的である。ドラムトラップに似た形であるが、排水中の混入物を取り除くことを目的とした阻集器(インターセプターinterceptor)がある。調理場用の脂肪阻集器、機械油やガソリンを除去する油阻集器、そのほか、砂、繊維、毛髪、プラスターくずを対象にした阻集器がある。
未処理の汚水以外の排水の揚水には、普通、渦巻ポンプが用いられ、ポンプだけが排水中に沈み、長い回転軸を隔てて槽外に置かれたモーターで駆動される。また、ポンプとモーターが一体となって水中に沈めて揚水できる水密水中ポンプもある。一般にこれらを汚水ポンプという。未処理の汚水の揚水には、固形物によって閉塞(へいそく)するおそれのない羽根車をもつ汚物ポンプが用いられる。
排水管とその継手には排水用鋳鉄管、亜鉛めっき鋼管、排水用鉛管、陶管、硬質塩化ビニル管が用いられ、地中埋設用としてはこのほかに石綿セメント管、鉄筋コンクリート管が用いられる。排水管も一般に天井裏に位置する場合は結露防止用の保温材被覆が必要である。また、室内に露出する排水管には遮音のための被覆が必要である。
便所汚水が放流できない地域では、汚水を処理する屎尿(しにょう)浄化槽、あるいは汚水と一般排水をあわせて処理する合併処理施設を設けなければならない。汚水、排水の汚染度は、生物化学的酸素要求量(BOD)、化学的酸素要求量(COD)、溶存酸素量(DO)および浮遊物質量(SS)によって表される。排水中の有機物の濃度が高い(汚れがひどい)ほど水中の酸素を多く消費するので、BOD、CODの値は高くなる。また、DO値の高い水は浄化能力が大きいといえる。便所汚水を含めた住居汚水のBOD値は200ppm(1リットル当りのミリグラム数に相当する)くらいで、合併処理した放流水の許容値はBOD20ppm、単独処理(500人未満の屎尿浄化槽)の場合はBOD90ppmである。
屎尿浄化槽の浄化機能は、汚染物質の濾過(ろか)沈殿、嫌気性菌による腐敗分解、好気性菌による酸化分解である。腐敗分解を促進するためには空気に接触させず、酸化分解を促進するためには、できるだけ空気に接触させることが必要で、そのための各種の曝気(ばっき)方法が考案されている。
[石原正雄]
『『空気調和・衛生工学便覧 3巻 給排水・衛生篇』(1981・空気調和・衛生工学会)』