綾町(読み)あやちよう

日本歴史地名大系 「綾町」の解説

綾町
あやちよう

面積:九五・二一平方キロ(境界未定)

東諸県郡の北西部に位置し、東は国富(くにとみ)町、南は高岡(たかおか)町・西諸県郡野尻(のじり)町、西は同郡須木(すき)村、北は児湯(こゆ)郡西米良(にしめら)村に接している。全体の約八〇パーセントが山林に覆われ、綾北(あやきた)川・綾南(本庄)川の両河川が北西から南東へ流れ、南東端国富町との境界付近で合流し、本庄(ほんじよう)川となっている。南東部の河川流域一帯に平地があり、集落が分布している。綾北・綾南の両河川に挟まれた北俣の尾立(きたまたのおだて)に縄文時代の尾立遺跡があり、縄文後期の綾式土器のほか、早期・前期の土器も出土している。南部の丘陵部、南俣・入野(いりの)には昭和八年(一九三三)県指定史跡となった綾町古墳をはじめとする古墳が分布するほか、入野の四反田(したんだ)、南俣の内屋敷(うちやしき)、北俣の中迫(なかさこ)の各地区に地下式横穴墓が分布している。律令制度の国郡制のもとでは諸県郡に属したが、郷名は不詳である。「延喜式」兵部省諸国駅伝馬条にみえる亜椰(あや)駅が設置され、駅馬五疋が置かれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「綾町」の意味・わかりやすい解説

綾〔町〕
あや

宮崎県中部,宮崎平野南西部にある町。 1932年町制。古く奈良時代に一村落を形成。『延喜式』には日向十六駅の一つ亜椰 (あや) 駅とある。江戸時代は島津氏の所領。綾北川と綾南川の合流点付近に位置し,街道の要地として発展。主産業は畑作で,広大な国有林を背景に林業も行われる。綾織,綾川焼 (陶器) およびカヤの碁盤の特産がある。新緑,紅葉の美しさで知られ,竹野のホルトノキは天然記念物。面積 95.19km2(境界未定)。人口 6934(2020)。

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事典 日本の地域遺産 「綾町」の解説

綾町

(宮崎県東諸県郡綾町)
「日本で最も美しい村」指定の地域遺産。
綾町は、宮崎県のほぼ中央、綾北川と綾南川に囲まれた中山間地。照葉樹林と照葉樹林文化を基調とし、自然と調和した“豊かで活力に満ちた教育文化都市”づくりを基本理念としている。2012(平成24)年国内では32年ぶりとなるユネスコエコパークに「綾ユネスコエコパーク」(生物圏保存地域)として登録された

出典 日外アソシエーツ「事典 日本の地域遺産」事典 日本の地域遺産について 情報

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