繫駕法(読み)けいがほう

改訂新版 世界大百科事典 「繫駕法」の意味・わかりやすい解説

繫駕法 (けいがほう)

家畜に車や犂などの農具牽引させる際の繫ぎ方をいう。繫駕の方法いかんによって,家畜がもつ本来の力がより効果的に発揮でき,作業能率を著しく向上させることが可能となる。繫駕法は時代とともに進歩があり,それぞれの地域の運輸や生産向上に深くかかわってきた。

 古代に一般的であったのは軛(くびき)式繫駕法であった。この方式は腹帯なども並用するが,基本的には頸皮(くびかわ)と軛とで牽引力の重点が馬の脊柱の上にくるように繫ぐもので,古代オリエントや中国の殷・周時代の単轅2頭立て式戦車に顕著にみられる。もともとは牛用の繫駕法であったものを,馬に応用したのであろう。牛の場合には強靱な鬐甲(きこう)(両方の肩甲骨間の隆起)を有するので支障はないが,馬の場合は直接に気管血管圧迫し走行をひどく妨げた。そのためこの方式では本来馬が備えている牽引力の1割ほどの力しか引き出すことができなかった。この欠点をかなり解消したのが胸部繫駕法である。この方式は水平に取り付けられた胸帯が腹帯の真ん中に結びつけられ,牽引点は鬐甲の部分からとるが,胸骨にかかる胸帯の圧力により牽引線が直接骨格に繫がっているため,十分な牽引能力を引き出すことができた。この胸部繫駕法は,中国では漢代の貴人が乗る複轅1頭立て式軺車(しようしや)に広く採用され,またペルシアでは3世紀に,ビザンティン帝国では9世紀までに出現してくる。ただ中国の場合,複轅1頭立ての胸部繫駕法が出現してくるのは戦国期ころであり,そうした新発明の背後には戦車戦がすたれて歩兵軍隊主力となっていったこともおおいに関係がある。一説によると,この方式は北方の遊牧民匈奴の馬車より学んだといわれる。

 ついで出現してくるのが最も進歩した頸帯式繫駕法で,この方式は胸帯のかわりに堅い芯入りのマット状の頸環collarと締木(しめぎ)とを頸部に装着し,そこから牽引線をとる。この場合頸環がクッションの働きをして気管に対する圧迫を緩和する。しかも頸環は胸部域全体を支持点とする役目を果たすので,牽引力は飛躍的に向上した。この繫駕法はシベリアの森林地帯と中国との間のステップ地帯においてラクダに用いられていたのが,東西に伝播したのだといわれる。しかしその確証はない。最も古い事例は,アジアでは敦煌千仏洞第156号洞壁画(851ころ)に見られ,またヨーロッパでは11世紀末の〈バイユーのタピスリー〉の縁飾や,ほぼ同期のスペインのヘロナ大聖堂の天地創造をあらわすタピスリーに見られる。後者の2点のタピスリーはいずれも馬耕を描いたものである。

 従来ヨーロッパではハローや犂を引かせるのに,おもに牡牛が用いられてきた。牛より馬の方が1日当りの稼働時間が長く,しかも作業能率がすぐれていたにもかかわらず,飼料として大量の穀物を必要としたため馬耕は普及しなかった。しかし幸いなことに11世紀ころには,三圃農法によって生産が向上し,馬の飼料となるエンバクが増産されてこの問題は解消した(三圃制)。また当時大型馬も導入され,頸帯式繫駕法とあいまって鉄製の大型有輪犂を操作できるようになり,ヨーロッパの中・北部の湿って重い土壌の深耕が可能となった。さらにヨーロッパ中世の人々の重要な発見技術に,馬の縦列繫駕がある。古代においては牽引馬の横に添え馬を並置して補助としたが,縦列繫駕はそれぞれの馬の締木に牽引綱を連結したので,必要とする強力な馬力を得ることに成功した。こうした繫駕法の改良に伴い,車両も悪路の横ゆれに耐えられる皿形の車輪や旋回台車が考案され,前近代の運輸手段の主役である2輪荷馬車や乗合馬車が活躍するようになるのである。現在では輸送手段の近代化により,牛馬による牽引が過去のものとなりつつあるが,農耕方面ではまだまだ重要な役割を果たしている地域も多く,一部では合理的輓曳法を求めて,牛による額引法や馬による肩引・胴引併用法などが試みられている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の繫駕法の言及

【フランク王国】より

…彼はカール大帝による金貨から銀貨への幣制改革は,貨幣経済から自然経済への移行の象徴とみなす。ピレンヌのいうように,カロリング朝時代にフランク王国の経済的重心が地中海沿岸から,ライン川,ロアール川に挟まれた北ガリアに移るに伴い,農業の比重が決定的に大きくなったことは疑いないが,同時にこの地域で,農業技術のうえで多くの改良が行われた鉄製農具の普及,犂と役畜とを連結する新しい繫駕法の導入による重量有輪犂の一般化などにより,開放耕地制度三圃制を伴う集村が出現した。この結果,穀物耕作の比重が圧倒的に高まり,農業生産力の飛躍的上昇が実現された。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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