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義理人情 ぎりにんじょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

義理人情
ぎりにんじょう

日本の社会に固有な生活規範。義理は一般に社会に既存している道徳や習慣であり,人の踏み行うべき正しい道筋をいう。 R.ベネディクトは「自分の受けた恩恵に等しい数量だけ返せばよく,また時間的にも限られている負い目」と考え,恩と区別した。人情は私的世界での普遍的感情としての本能的な欲求をいう。両者は意味的には相互に対立するが,反面,義理人情として一つの複合体を構成し,封建的社会ではきびしい義理を人情が中和し調停する関係がみられた。

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デジタル大辞泉の解説

ぎり‐にんじょう〔‐ニンジヤウ〕【義理人情】

義理と人情。「義理人情に厚い男」

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大辞林 第三版の解説

ぎりにんじょう【義理人情】

義理と人情。 「 -にしばられる」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

義理人情
ぎりにんじょう

義理人情ということば自体は中国に由来するが、その内容は、日本における濃密な人間関係、社会関係を維持存続し、さらには強化するための、日本の社会と文化に根ざした習俗であり、社会規範である。[源 了圓]

義理観念の変容

「義理」ということばは、中国において早くも漢代には「人の践(ふ)み行うべき正しいすじみち」という意味に定着(『管子』『史記』『漢書(かんじょ)』)しているが、日本に影響を与えたのは宋学(そうがく)において成立した義理の観念であって、「道徳的原理」というのが本来の意味である。しかしこの道徳的原理においては君臣主従間の人倫ということも強調されるから、それは「普遍主義的」「個別主義的」という二重性をもつ。その点、それは一種の「関係の倫理」であり、西欧人の考えるような道徳的義務、とくにカントにおいて結晶したような道徳的格率に従うことをその内容とする普遍主義的な義務の観点とは異なる。ところで、日本で形成された「義理人情」「義理と人情」というように人情との関係においてとらえられる義理の観念は、中国の義理の観念のもっていた普遍主義的側面を失った、「誰(だれ)かへの義理」「何者かへの義理」という純然たる個別主義的性格の社会的規範である。このような義理の観念の変容は、儒教の義理の観念が、中国と異なる日本の社会や習俗のなかに浸透する過程において生じた(日本の儒者たちは、中国、朝鮮の儒者たちと同じ意味に義理ということばを使っている)。すなわち日本的な義理の観念は、近世初期の日本の習俗と宋学の義理ということばとが結び付くことによって形成された。[源 了圓]

義理と人情

日本における「義理と人情」との関係には、(1)「義理と人情の板挟み」ということばに示されるように、「義理」がわれわれを拘束する一種の社会規範であり、それが人間の情欲や人間らしい思いやりの情としての「人情」と対立・葛藤(かっとう)の関係にあって、人が自己の身の処し方に悩む場合と、(2)「あの男は義理人情を解する男だ」という表現に示されるように、両者がいわば一つのセットとなって、情緒的な人間関係に根ざした心情道徳という性格をもつ場合、の両面がある。
 また義理だけをみると、「お義理でする」という表現に示されるように、いやいやながら調和的な人間関係、社会関係を維持するためにある行為をなす場合と、「あの男に義理が悪いから」という表現に示されるように、当事者間に心情のつながりがあって、それを維持強化するためにある行為をなす場合、の両面がある。
 なぜ義理や義理人情はこのようにアンビバレント(正逆背反の両面的)な性格をもつのか。それには日本社会の共同体的性格が強くかかわっている。そこでは人々は、一方では相互に心理的依存関係を保って、この調和的な社会関係、人間関係を維持することに細かく心を遣う。しかしこの関係は永続するから、他方ではこのような心遣いをすることを疎ましく思い、それを心の負担に感ずることがあるのである。[源 了圓]

義理人情の成立

ではこのような義理と人情の関係はどのような過程を経て成立したか。歴史的文献において義理の観念の原初的形態がみられるのは井原西鶴(さいかく)の『武家義理物語』である。そこでは、(1)「好意に対する返しとしての義理」(贈答儀礼に由来する)、(2)この「好意に対する返しとしての義理」を成立させる根拠としての「信頼に対する呼応としての義理」、(3)「自己の対面を保持し、他人によって非難されたり、自分の名が汚されたりすることを欲しない念慮としての義理」すなわち「意地としての義理」の三者が、未分化の状態にあるものとして描かれている。第三のタイプの義理は、好意に対する返しや信頼に対する呼応をしない場合に、彼の帰属する継続的、閉鎖的な共同体の人々から辱められ、排除されるという社会的事実を避けようとして成立したものであるが、このタイプの義理の観念は、共同体の成員が少なくとも意識においては平等であることによって成立したものであろう。西鶴の描いたのは武士の世界の義理であるが、義理の原初的形態は、習俗としてはそれ以前に農村共同体で成立していたものと思われる。
 西鶴の作品では義理は自足的であって、義理と人情との関係はまだ成立していない。両者の関係が成立するのは近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)の作品以後である。ここでは義理は町人たちの世界にも広がる。彼は、擬制的共同体としての町人社会における特定の個人間の、内面化された義理と人情との葛藤を描いている。
 江戸時代もなかばを過ぎると、一方では外的拘束力としての義理が強調され、それと人情とが対立するものとして、不本意ながら義理に従うことの悲しみが描かれるとともに、他方では「義理人情」が癒着して、法の世界、組織の世界、営利追求の世界に対立するものとして描かれ始め、今日に至っている。日本社会の組織化とともに、二つのタイプの義理と人情との関係が成立したといえよう。[源 了圓]
『桜井庄太郎著『日本封建社会意識論』(1938・刀江書院) ▽桜井庄太郎著『恩と義理』(1961・アサヒ社) ▽『公私の観念と日本社会の構造』(『有賀喜左衞門著作集 第4巻』所収・1967・未来社) ▽源了圓著『義理と人情』(1969・中央公論社)』

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