老化にともなう心の病気(読み)ろうかにともなうこころのびょうき

家庭医学館 「老化にともなう心の病気」の解説

ろうかにともなうこころのびょうき【老化にともなう心の病気】

◎どんな心の病気があるのか
◎認知症と老人(ろうじん)ぼけ
◎認知症のお年寄りとの接し方
◎入院について

◎どんな心の病気があるのか
 老年期にはさまざまな心の病気が発生する可能性があります。脳の慢性的な障害による認知症、からだの病気が原因で生ずるせん妄(もう)(意識変容)、うつ病に代表されるうつ状態統合失調症に似た幻覚(げんかく)・妄想状態(もうそうじょうたい)、より心理的、環境的原因による神経症(しんけいしょう)など、およそすべての精神障害があげられます。
 老年期の精神障害は、原因を1つにしぼることがむずかしく、「多元的」であるといわれています。脳を含む身体的な老化性変化のみならず、喪失体験をはじめとするさまざまな心理・社会的な変化が複合的にかかわり合い、心の病気の原因となったり、その病像を修飾したり、あるいは経過に影響を与えたりするからです。
 ここでは、そのなかでも、病的な脳の老化現象に根ざした認知症の症状と対応について取り上げます。

◎認知症(にんちしょう)と老人(ろうじん)ぼけ
 認知症と老人ぼけとは、どこがちがうのでしょうか。老人ぼけは便利なことばですが、生理的な老化現象による物忘れから、認知症までもが含まれ、誤解をまねきやすい表現です。
 一方、認知症は「正常に獲得された知的機能が、後天的な脳の障害により低下し、日常生活に大きな支障をきたしている状態」と定義され、生理的な老化現象とは異なる、明らかに病的な状態(=病気)であると考えてください。
●認知症とはどんな病気か
 認知症をひきおこす原因(病気)はたくさんありますが、老年期に生ずる認知症の多くは、アルツハイマー型老年(がたろうねん)認知症(「アルツハイマー病」)と脳血管性(のうけっかんせい)認知症(「脳血管性認知症」)、あるいは両者の合併した混合性(こんごうせい)認知症がそのほとんどを占めています。
 認知症のもっとも中心的な症状は、物忘れですが、認知症=物忘れではありません。人間の脳は知性だけでなく、精神や理性をもつかさどっています。そして、認知症は、脳が広範囲に障害され、それが回復できなくなった状態を意味しています。ですから、「認知症」は単なる知性(記憶に代表される知的能力)の低下にとどまらず、理性や精神の障害をもひきおこします。
 しかし、さまざまな認知症の症状のなかでも物忘(ものわす)れ(記銘力障害(きめいりょくしょうがい)、健忘(けんぼう))は必ずおこる症状といえるでしょう。
●認知症で生ずる物忘れとは
 認知症で生ずる物忘れと、ふつうの老化現象とはどこがちがうのでしょうか。初期にはこれを見分けることは困難ですが、認知症がある程度まで進行すると見分けることはそれほどむずかしくはありません。
①経験自体を忘れる
 認知症のお年寄りの物忘れは、比較的最近の記憶の障害から始まります。昨日にあった出来事、さっき言ったこと・言われたこと・頼まれたこと、たいせつな約束など、その具体的内容の一部にとどまらず「そういうことがあった」こと(経験自体)を、すっかり忘れてしまうのです。
 つまり記憶を保てる時間が非常に短くなり、そのときはしっかり覚えたつもりでも数分たつと忘れてしまいます。
 食事がすんだばかりなのに、「ごはんはまだですか?」と言ったりするのは、認知症の記憶障害の一例です。メニューの一部が思い出せない、出会った人の顔はわかるが名前が出てこないといった程度の物忘れとは、区別しなければなりません。こういうときのお年寄りの反応は「そんなことは聞いてない」「言った覚えはない」ということがよくあります。本人にとっては、本当に「身に覚えのないこと」と感じていることが少なくありません。
②失見当(しつけんとう)
 時間・場所・人物に関する記憶を見当識(けんとうしき)といいます。これらの記憶は日常生活には欠かせないものですが、認知症が進行すると、時間・場所・人物の順番で見当識が失われていきます(失見当(しつけんとう))。日付があやしくなり、月日の感覚が大きくずれるようになります。その人なら当然知っているはずの場所(近所や自宅の中など)で迷子になったり、自宅にいるのに「帰ります」と言い出すこともあります。記憶障害がかなり進行すると、息子や娘を自分の兄弟姉妹と、孫を自分の子どもなどとまちがって答えることがあります。
③物忘れの自覚がない
 認知症のお年寄りが、自らの物忘れの程度を正確に自覚することは(病初期を除くと)ほとんどありません。認知症の人に物忘れの自覚が乏しいことは、家族にとっては扱いにくいことかもしれません。しかし、自覚がないことは、認知症になっても人生に絶望せずに生きていこうとする、人間の心理的な防衛機制が作用しているようです。
●物忘れ以外の症状
 物忘れ以外の症状についても簡単にふれておきます。認知症のお年寄りはしばしば言語を介するコミュニケーションが困難となります。話の了解が悪くなり、自分の意志をことばでうまく伝えることができません。こういった言語の障害を失語(しつご)と呼びます。ちぐはぐな応答や語句の言いまちがいが頻繁(ひんぱん)になる、簡単な指示が理解できない、「あれ」「これ」などの代名詞を多用する、著しく発語が減少するなどの症状がみられます。
 運動障害がなく、どのような行為を行なうべきか十分理解しているのに要求された行動をとれない状態を失行(しっこう)と呼んでいます。たとえば、洋服をきちんと着ることができない、鍵(かぎ)の開け方がわからない、ガスのつけ方がわからない、排泄(はいせつ)の後始末(あとしまつ)ができないなどがあげられます。
 そのほかにも、物は見えているのに見たものが何であるかわからない状態である失認(しつにん)と呼ばれる大脳の高次機能の障害もみられます。
 性格の変化は、病気の症状としては見過ごされやすいものの1つです。多くの患者さんに共通しているのは無関心(むかんしん)です。趣味に関心を示さなくなったぐらいの軽度の関心の低下から、入浴や着替えをしなくても平気でいたりする自己身辺への無関心におよぶものまで、その程度はさまざまです。
 こうした無関心を背景に、もともとの性格が強調されることがあります。節約家だった人が、お金に対して非常に執着心が強くなったり、疑い深い人が配偶者に病的な嫉妬心(しっとしん)を抱いたり、多少抑制がきかなくなった形で現われるこれらの性格変化は、病気の症状というよりは、その人の性格の延長線上にあるものと誤解されがちです。
 物忘れを中心にいくつかの症状を説明してきましたが、これらは認知症のさまざまな症状のなかでも、治らない部分、中核症状(ちゅうかくしょうじょう)と呼ばれているものです。ただし、必ずしもすべてがでそろうわけではありません。物忘れを中心として、失語や失行が加わることもありますし、物忘れと軽度の性格変化だけで穏やかに認知症が進行するケースもあり、病気の展開のしかたは個人差が大きく、病気の種類や発症年齢などによっても異なります。
●いわゆる問題行動について
 認知症には中核症状に加えて、種々の精神症状や行動異常(問題行動)が随伴していることが少なくありません。物盗(ものと)られ妄想(もうそう)、被害妄想(ひがいもうそう)、徘徊(はいかい)、興奮(こうふん)、不眠(ふみん)・夜間(やかん)せん妄(もう)などがあげられます。しかし、すべてが出現するわけではありませんし、病気の進行具合により問題点が変化するのがふつうです。これらのなかには、知的機能が低下しながらも、なんとか現実のなかで生きていこうとするお年寄りの努力の現われや心理的な安定を確保するための自己防衛的な反応も含まれています。
 問題行動があれば、それをすぐに止めさせるのではなく、そのまま見守ることができないかというところから考える必要があります。

◎認知症(にんちしょう)のお年寄りとの接し方
 さて、認知症のお年寄りに接する際のいくつかのアドバイスがあります。
①「認知症という病気にかかっている」という理解
 たとえば、末期がんの人から痛みを訴えられて腹を立てる人はいないでしょう。ところが、認知症のお年寄りが同じことをくり返し尋ねることに対して、本気になって怒る家族は少なくありません。がんの患者さんの痛みの訴えも、認知症のお年寄りの執拗(しつよう)な訴えも、どちらも私たちの力ではどうすることもできない、治療することのできない病気がひきおこした症状であることにはかわりがありません。認知症で生ずるさまざまな行動異常や精神症状は、「もし、この人が認知症でなかったなら、こういう行動はとらなかっただろう」という意味で、もともとの性格の異常云々(うんぬん)よりも、やはり病気の一症状と考えるべきです。
②なぜ叱(しか)ってはいけないか
「こういう失敗はくり返さないでね」という気持ちを込めて、お年寄りを叱ってしまうことがあります。しかし、認知症のお年寄りには「何が悪かったのか」を正確には理解できず、その内容もすぐに忘れてしまい、そのときの不愉快な感情だけが後を引いてしまうことがあります。
 叱られることがくり返されると、お年寄りの自尊心は傷つけられ、人間関係はぎくしゃくして、感情的な対立だけが悪化してしまいます。
③お年寄りが心のなかに描く世界へ近づくこと
「家へ帰ります」と自分の家を出ていこうとするAさんを例にあげてみましょう。
 困った家族はまず「ここはあなたの家ですよ」と説明しましたが、Aさんは納得しません。「ほかに、あなたの家はないんだよ」と説き伏せようとしましたが、うまくいきません。それどころかAさんは怒って家を飛び出してしまいました。
 お年寄りが周囲の説得に応じているならそれでかまいません。しかし、ときに、このようなあたりまえの論理や理屈が入っていかず、かえってお年寄りを不安にさせたりすることがあるのです。Aさんの場合は「家に帰れないのではないか」と不安になってしまったようです。
 よく話を聞いてみると、Aさんが帰りたい家は、長く住んでいた故郷の家のことでした。こういうときは、お年寄りの心の動きに沿って対応してみることです。「夕食だけでも食べていって。それから駅まで送っていくよ」と言うと、それだけで安心することもあります。それでも帰ると言ってきかない場合は、外へ出てみるのも1つのやり方でしょう。しばらく歩いたところで「きょうはもう遅いから、うちに泊まってください。明日、私が送りますよ」と声をかけるのもよいかもしれません。
 認知症が進行すると、お年寄りが私たちと同じように現実を理解し、適切な行動をとることがむずかしくなります。そんなときには、むしろ私たちがお年寄りの思い描いている心の世界に近づき、彼らが混乱しないように受け入れやすいことばをかけてあげることが重要です。
「それでは嘘(うそ)をつくことになってしまうのではないか」あるいは「そんなことを言って大丈夫なのか。あとで本当に連れていってくれと言われないだろうか」と心配する人もいるでしょう。この対応のしかたは、もちろん悪意のある嘘ではありません。むしろ思いやりのある方法といえるでしょう。
 それから、「老化にともなう心の病気」で述べた認知症のお年寄りの物忘れの特徴を思い出してください。認知症がある程度まで進行すると「そういうことがあった、さっき言われた」こと自体をすっかり忘れてしまいます。ですから、同じようなやり取りをくり返してもかまいません。声を荒だてながら説き伏せようとするよりも、気持ちよく受け入れられるような会話のほうが感情的な対立も避けることができます。
④代わりの課題を頼むこと
 認知症になるまでは、家族の食事の世話を一手に引き受けていたBさんの例をあげてみましょう。
 Bさんは、年をとっても家族の負担になりたくない、自分でも役に立ちたいという気持ちで家事を続けていました。火には十分気をつけていましたが、物忘れが目だち始めてから何度か鍋(なべ)を焦(こ)がすことがありました。ひとりで調理をさせることが危ないのは明らかでしたが、家族もBさんの気持ちがわかっていたので、料理を取り上げてしまっていいものかどうか悩みました。
 家族で相談した結果、誰かがそばについていられるときは一緒に料理をして、それができないときは、Bさんの気持ちを傷つけないように「きょうは、私がお母さんにご馳走(ちそう)するから、後かたづけだけでも手伝ってくれるかしら」と頼むことにしました。
 実は、Bさん自身も自分の物忘れがひどくなっているのに気づき、火を使うことには、家族が気がつくずっと前から不安に感じていたのです。この提案は、Bさんにも喜んで素直に受け入れられました。認知症がさらに進行して、料理ができなくなっても、食事の後かたづけや簡単な掃除は続けることができました。
 あることができなくなったとき、無理にがんばらせるのではなく、またその逆にすべてをあきらめてしまうのでもなく、認知症のお年寄りが無理なくこなすことのできる代わりの課題を頼んだり、単純化したりする工夫が必要になってきます。
⑤「今」の不安を解消してあげること
 認知症のお年寄りは健忘のために、ついさっきの過去があやふやになり、未来についての関心も乏しくなっています。認知症のお年寄りにあるのは、遠い昔と「今」だけといってよいでしょう。これは非常に不安定な状態なのですが、周囲への関心を極度に失った認知症のお年寄りの場合は、もはや混乱することもなく、ぼんやりと過ごしていることがあります。
 その一方で、ささいな変化で混乱し、よりどころを失い「自分は生きていかれるのか」という不安に襲われる認知症のお年寄りもいます。「今」の不安を解消し、安心して頼れる状況を保証してあげることがたいせつです。
 ここに述べた介護者へのアドバイスは、とくに認知症のお年寄りが危機的な混乱状態におちいらないための対応策を中心に述べてきました。
 認知症のお年寄りの介護は長期戦です。ひとりきりでがんばろうとせずに、社会資源(保健・福祉サービス)も積極的に利用して、介護負担を分散させることも非常に重要なポイントであることをつけ加えておきます。

◎入院について
 認知症のお年寄りは知的機能の低下以外にも、精神症状や問題行動、身体合併症、日常生活能力の低下のために在宅介護が困難となることがあります。そのようなときに施設での対応が検討されるわけですが、基本的にはつぎのように考えられています。
 精神症状や問題行動に対する精神科的治療は精神科専門病院、急性身体合併症の治療は一般総合病院、慢性身体合併症の治療は老人病院、寝たきりなどの状態に対するリハビリテーション、看護、介護に対しては老人保健施設、さらに常時の介護が必要な状況では特別養護老人ホームといった施設における処遇が想定されています。
 このように原則は明快ですが、実際には医療、看護、介護のすべてが必要とされるケースが多く、むずかしい判断を迫られることがあります。精神科専門病院のなかでは、認知症のお年寄りのための専門病棟をもっている施設があります。専門病棟には、長期療養を目的とした療養型病棟と、短期間の入院治療により精神症状・問題行動の改善を図ることを目的とした治療病棟があります。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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