旧・新約聖書の記述を前提とし,パレスティナを中心に西アジア,地中海地域を対象とする宗教考古学の一分野。層位学的方法と遺物の型式学的方法をもとに,聖書と史実との関連,聖書中の地名の同定などを探究の目的として,聖書学,キリスト教史学の一翼を担うが,同時に比較層位学によって相互に関連する地域の文化を究明する考古学でもある。パレスティナが中心であるためパレスティナ考古学とも呼ばれ,旧約聖書,タルムードを聖典とするユダヤ教の聖地考古学とも重なる。時間的には先史時代から,新約聖書が成立し終わる2世紀までの長大な期間を覆うが,中心となるのは旧約聖書と史実との整合が確認される前2千年紀以降,すなわち中期青銅器時代からローマ時代中期までである。
パレスティナにおいて,初めて聖書と実在の地名との対応を組織的に調査したのは,1838年,アメリカの神学者ロビンソンE.Robinson(1794-1863)である。その後,90年にイギリスの考古学者ピートリーによって,テル・エルヘシTel el-Ḥesiの調査が行われ,最初の科学的発掘となった。さらにピートリーと彼の後をうけたブリスF.J.Blissが,パレスティナにおける層位学的・土器型式学的基礎を確立した。
1世紀に及ぶ研究の成果としては,まず聖書中の重要な町の位置を確証し,またその遺構や遺物から聖書の記述との一致を見いだし,さらに歴史的・文化的背景を明らかにしたことがあげられる。こうした町の遺跡として,アシドド,イェリコ,テル・エルケレイフェ(エジオン・ゲベル),エンゲデ,テル・エルジャザリ(ゲゼル),サマリア,テル・エルバラータ(シケム),テル・エルヘシ(エグロン),ベール・シェバ,メギド,ラキシなどがあげられる(地名は聖書における慣用的表記による)。しかし聖書考古学の最大の成果は,資料の乏しかった古代パレスティナに対して,パピルスや粘土板,石碑,オストラコン(陶片)などに記された文字資料を提供したことであろう。ことに死海北端西側の段丘上にあったクムラン教団修道院跡周辺の洞窟から発見された死海写本は,《イザヤ書》《ハバクク書註解》などを含み,20世紀最大の発見とさえいわれた。さらにこうした文字資料の発見は,歴史的背景や歴史的事実と聖書との関連の解明に,大きな手がかりを与えたばかりでなく,聖書の本文確立への貴重な資料となり,また古代ヘブライ語やアッカド語など関連諸言語の解明に貢献している。なお1970年代以降は,ティベリアス(ガリラヤ)湖などで水中考古学の調査も始められている。
執筆者:後藤 光一郎
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キリスト教の聖典『旧約聖書』『新約聖書』の記述と史実との関連を研究する考古学。仏教考古学と並んで、宗教考古学の一部を構成する。時間的には、聖書学が伝承と歴史の最初の整合性を認める紀元前二千年紀から新約諸書が成立し終わるまで、すなわち中期青銅器時代から中期ローマ時代までをおもに扱う。地理的には西アジア、地中海地域とりわけパレスチナが中心となる。19世紀アメリカのE・ロビンソン(1794―1863)が、聖書中の地名の実地調査を行ったことに始まる。その後の聖書考古学の発展は、聖書が、当地の古代の文化に深く根ざして成立していることを明らかにした。
[鈴木忠司]
『アンドレ・パロ著、波木居斉二・矢島文夫訳『聖書の考古学』(1958・みすず書房)』▽『J・M・ランデイ著、穴沢咊光訳『沈黙の都市・聖なる石〈パレスチナ考古学入門〉』(1976・学生社)』
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…まず,ヨーロッパ考古学,中国考古学,日本考古学というような地域的な大区分があり,それぞれがまた,時代や文化によって細分されている。このほか,特定の課題や生活分野を取り扱う部門として,環境と人間のかかわり合いを研究する環境考古学,産業革命期を中心とした時代の産業技術を研究する産業考古学,キリスト教関係の建物や遺物を研究するキリスト教考古学,聖書の記述と遺跡・遺物の対比研究を行う聖書考古学,仏教考古学,美術考古学などが成立している。また,特定の方法・技術を駆使して研究を推進する部門として,航空写真の判読を行う航空考古学,潜水して水底の遺跡を調査する水中考古学,過去の技術を実験的に復原して仮説を検証したり,仮説構成のためのデータを得ようとする実験考古学などが成立している。…
…語学としてのヘブライ語,アラム語は直接の原語であり,そのほかに多くのセム語その他が関連語学として必要とされる。聖書考古学は,聖書が言及する史的事件,制度,文化に直接・間接にかかわる資料を系統的に提示する。イスラエル史は,考古学資料と文献資料を解釈して再構成される。…
※「聖書考古学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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