家庭医学館 の解説
のうそっちゅうのこういしょうとりはびりてーしょん【脳卒中の後遺症とリハビリテーション】
◎運動障害のリハビリ
◎脳卒中でみられる言語障害
◎その他の障害とリハビリ
◎脳卒中(のうそっちゅう)のリハビリテーション
脳卒中(脳血管障害)の発作の後には、運動障害(手足のまひなど)や言語障害などが生じます。しかし、発病後の数か月間は傷ついた脳の回復にともなって、これらの障害はある程度自然に回復してきます。
障害を克服するための訓練が医学的リハビリテーションです。リハビリテーションには、コラム「廃用症候群とは」の廃用症候群(はいようしょうこうぐん)を予防するための急性期のリハビリと、歩行や日常生活の自立、コミュニケーションの確立を目標とした回復期のリハビリ、そして寝たきりや閉じこもりにならないよう、さらに新たに獲得した機能を維持していくための維持期のリハビリがあります。
リハビリでは、完全にもとのからだの状態にするのではなく、たとえ障害が残っても(実際に、多くの患者さんはさまざまな程度の片(へん)まひや言語障害が後遺症となるのですが)、健側を含めて残っている機能を十分有効に使い、できるかぎり自立した質の高い生活ができるように訓練が進められます。
実際の訓練は、リハビリテーション専門医の指示のもとで、理学療法士(りがくりょうほうし)、作業療法士(さぎょうりょうほうし)、言語聴覚士(げんごちょうかくし)がチームを組み、障害に応じたリハビリが行なわれます。理学療法士は、歩行にいたるまでのさまざまな訓練を行ないます。作業療法士は、日常生活動作の自立をはかるための訓練を行ないます。言語聴覚士は、日常でのコミュニケーションが支障なく行なえるように訓練計画をたてます。病棟では、看護師さん、ヘルパーさんが、訓練でできるようになった歩行や日常生活動作を実際の生活場面でもできるように援助します。
リハビリは、訓練をする治療士にとっても、それを受ける患者さんにとっても、根気のいる長い、くり返しの作業となります。患者さんをとりまく人、とくに家族のたゆまない温かい支援が、患者さんの大きな励みとなります。
◎運動障害のリハビリ
●廃用症候群の予防
廃用症候群の発生を予防して回復期のリハビリに円滑につなげることが、急性期のリハビリの第1の目標です。手足のまひに対するリハビリは発作直後から開始します。理学療法士は手足がかたくならないように他動的に関節の屈伸運動(くっしんうんどう)を行ないます。自分でからだを動かせない場合は、とこずれの予防のため3時間ごとに体位変換(左側そして右側と、交互にからだを横むきにする)をします。その際、手や足を良肢位(りょうしい)(からだの移動とリハビリテーションの「看護(介護)する人の心得」の良肢位の保持)の状態におきます。
そして患者さんの回復状態をみながらギャッジベッド(上半身や下半身に適度の傾斜をつけることのできるベッド)の傾斜を徐々に上げていき、できるだけ早く座位(ざい)がとれるようにしていきます。座れるようになったら、今度は自力で食事がとれるようにすることを目標にします。それからは、端座位(たんざい)(ベッドの端に足を下ろした状態で座る)のバランス訓練、座位の耐性訓練(長時間座っていられるようにする)、そして座位から立位への起居動作(ききょどうさ)訓練、さらにベッドまたは座いすから車いすへの移乗訓練へと進みます。この時期には、回復期の訓練へ入っていきます。
●回復期の運動訓練
理学療法士が中心になって、床上での寝返り、寝た位置から座位までの起き上がり、そしてベッド上の座位や車いすからの立ち上がり、平行棒訓練などを経て歩行訓練を行ないます。運動まひが重い場合は、杖(つえ)や下肢(かし)の装具を使用して、弱っている部分を補強したうえで、起居動作や歩行訓練を行ないます。訓練しても歩くことがむずかしい患者さんには、車いすの自力での操作移動を訓練します。
訓練中に、障害のある側の上肢や下肢に浮腫(ふしゅ)や痛みがみられる場合は、鎮痛薬(ちんつうやく)や、温湿布(おんしっぷ)あるいは冷湿布を使ったり、温熱療法、低周波療法、超短波療法などの物理療法を行ないます。
作業療法士は、たとえば食事、更衣、整容(歯みがき、洗面など)、排尿・排便、入浴動作などの日常生活動作を自力で行なわせるための訓練を行ないます。右手にまひが生じた場合は、左手への利き手の交換訓練を行ないます。
日常生活動作を自立させるためには、生活環境を患者さんの状態に合わせて変えなければならない場合もあります。ある患者さんでは、ベッド、室内や廊下の手すり、ポータブルトイレ、洋式のトイレなどが必要になります。また、自助具といって、患者さんにとって操作をしやすくした特殊加工の日用道具(スプーン、食器など)も使用することがあります。
◎脳卒中(のうそっちゅう)でみられる言語障害(げんごしょうがい)
脳卒中でみられる言語障害には、失語症(しつごしょう)と構音障害(こうおんしょうがい)があります。失語症はおもに左の大脳(だいのう)の障害で生じます。したがって、多くの患者さんは右の片まひが同時にみられます。構音障害は通常は一度の脳卒中で生じることはなく、幾度かの発作をくり返しているうちに発生します。つまり左右の大脳に障害が生じたときに発生します。構音障害のみられる患者さんは、たいてい嚥下障害(えんげしょうがい)が同時にみられます。
●失語症のリハビリ
失語症の患者さんに対しては、患者さんの立場に立って、患者さんの意思を的確に察して対応することがたいせつです。優しく、短い文で、ゆっくり、そしてくり返して話しかけるようにします。
とくに発病の初期ではスキンシップにつとめて、患者さんとの間によい信頼関係をつくるようにします。患者さんのおかれている状態をよく理解したうえでの医療関係者の対応は、患者さんの不安感、いらだち、抑うつ状態を少なく抑えるのにも役立ちます。
失語症に対する本格的な言語訓練は、患者さんがいすに座って食事ができるようになったら開始します。言語訓練は患者さんの言語障害のタイプや障害の程度によって異なりますが、患者さんの学歴や職歴、趣味などによって、その訓練内容を変えていきます。訓練は通常、言語聴覚士と1対1で行なわれます。内容はさまざまですが、漢字や仮名の書き取りや音読、日用物品の絵カードの呼称、漢字や仮名文字と絵カードの組み合わせ、指名した絵カードの復唱と指し示しなどが行なわれます。訓練は言語だけにとどまらず、患者さんによっては描画、ジェスチャー、文字盤の指し示しの訓練なども行なわれます。障害の軽い患者さんの場合は、自由会話や作文などが行なわれます。
●構音障害のリハビリ
構音障害にもさまざまなタイプの障害がみられますが、訓練は構語筋(こうごきん)の運動訓練のほか、呼吸筋の訓練などを行ないます。重症の構音障害の患者さんは、発声の障害(大きな声が出ない、声がかすれる)もともなってきます。
話しことばの明瞭度(めいりょうど)が悪く、聞き取れないような場合は、書字でのコミュニケーションに切り替えます。最重症の施錠症候群(せじょうしょうこうぐん)と呼ばれる状態は、両手の手足は完全にまひして動かすことができず、構音・発声器官も機能しない状態ですが、頭はしっかりしており、まぶたと目を動かす機能だけは残っています。こうした状態にある患者さんは、こちらでの質問にはイエス、ノーの反応を瞼や目の動きで伝えることができます。誰かが、患者さんの状態に早く気づいてあげなければ患者さんは、いつまでも外界との接触を完全に閉ざされた状態におかれてしまうことになります。
◎その他の障害とリハビリ
●失行症(しっこうしょう)・失認症(しつにんしょう)のリハビリ
失行症(コラム「失行症とは」)の多くは、病初期にみられることがありますが、時間経過とともに消失していきます。したがって、あまり積極的に、その障害の治療に取り組む必要はないように思います。
失認症には、さまざまの種類があります。相貌失認(そうぼうしつにん)は家族をはじめ、よく知っている人の顔がわからなくなりますが、その声を聞くとすぐに誰かわかります。失認症では、情報を処理できるルートが必ずありますので、そのルートを見つけてあげることが、医師をはじめとするリハビリ関係者の仕事になります。失認症それ自体に対するリハビリは、まだ確立されていません。
●半側無視症候群(はんそくむししょうこうぐん)のリハビリ
これは、おもに右の大脳の障害でみられることのある症状です。左の運動まひが生じて動けないのに、本人はそのまひに気づいていなかったり、あるいは、それを指摘されても「手も足も動きますよ、歩けますよ」と否定したりします。また自分の左半身に無頓着(むとんじゃく)になり、ひげそりや髪をとかすのを左側だけぬかしてしまうなどの奇妙な行動がみられます。これらの症状はだいたい、発病の初期にはみられても、その多くは自然に消失していきます。
もう1つのたいせつな症状は、半側視空間無視(はんそくしくうかんむし)と呼ばれる症状で、のちのちまで日常生活上さまざまの障害となって現われます。これはおもに自分の左側の視空間にある物や人に、気づかないという症状です。たとえば、食事のとき左側においてある食器に気づかず手をつけないとか、歩行中に左側にある障害物に気づかず、ぶつかってしまうなど、さまざまな障害をひきおこします。このような症状も病気によってひきおこされたものであることを周囲の人が気づいてあげることが、まずたいせつです。そして、その失敗する場面でくり返し患者さんに注意をうながして正すのが治療の基本となります。