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興然 こうぜん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

興然 こうぜん

1121-1204* 平安後期-鎌倉時代の僧。
保安(ほうあん)2年生まれ。真言宗。京都勧修(かじゅう)寺の寛信(かんじん)にまなぶ。仁平(にんびょう)3年(1153)念範(ねんぱん)から灌頂(かんじょう)をうけたのをはじめとし,受法は8回におよぶ。応保2年(1162)勧修寺慈尊院2世。儀軌や図像を収集・研究し,「五十巻鈔」「図像集」などを編集した。建仁(けんにん)3年11月30日死去。83歳。享年は一説に84歳とも。字(あざな)は理明房。法名は別に智海。興然は「こうねん」ともよむ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

興然

没年:建仁3.11.30(1204.1.3)
生年:保安2(1121)
平安末期の真言宗の僧。「こうぜん」ともいう。密教儀軌(密教修法マニュアル)・図像集の編纂に先鞭をつけたことで知られる。勧修寺系の密教僧。当時,分裂傾向にあり,また口伝秘伝が流行していた真言系各派の密教修法を再び統合し後世に伝えるために,多くの儀軌や曼荼羅・図像を精力的に収拾し,文書・図面のかたちで編纂した。著書は『金剛界七集』2巻,『図像集』7巻など多数。弟子に『覚禅鈔』を著した覚禅のほか,明恵,文覚などがいる。

(正木晃)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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20世紀日本人名事典の解説

興然
コウネン

明治・大正期の僧侶



生年
嘉永2年4月14日(1849年)

没年
大正13(1924)年3月15日

出生地
出雲国(島根県出雲市)

旧姓(旧名)
板垣

経歴
10歳のとき出雲横田の岩屋寺に入り、明治15年横浜の三会寺の住職となる。19年師にして叔父の雲照に勧められてセイロン(スリランカ)に渡り、グナラタナの長老スマナティッサの下でパーリ語を学んだ。23年具足戒を授けられて南方仏教における比丘となり、のちにはグナラタナ比丘を称した。24年からはインド各地の仏教史跡を巡歴。帰国後、南方仏教の戒律を日本に定着させるために奔走し、釈尊生風会を創設。

出典|日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)
(C) 2004 Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
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