改訂新版 世界大百科事典 「若きウェルターの悩み」の意味・わかりやすい解説
若きウェルターの悩み (わかきウェルターのなやみ)
Die Leiden des jungen Werthers
ゲーテの書簡体小説。日本では《若きウェルテルの悩み》と呼ばれる。1774年初版。現在一般に読まれているのは87年の改稿版。すでに婚約者のある(家庭的な)女性ロッテに対するウェルターWertherの熱烈な愛と自殺に至る心理的葛藤を描いたこの作品は世界の恋愛小説中の白眉といわれ,青いフロックコートに黄色のチョッキとズボンという主人公のイメージは,純情多感な青春の象徴として多くの読者の脳裏に焼き付いている。それはセルバンテスの《ドン・キホーテ》,シェークスピアの《ハムレット》とならぶゲーテの偉大な文学的創造であり,生涯を通じて彼は〈ウェルターの詩人〉として有名であった。1808年10月2日,ゲーテがナポレオンにはじめて謁見したときも,《若きウェルターの悩み》が話題になり,この小説を7回読んだというナポレオンは,初版のある個所でウェルターの自殺が愛以外のモティーフで動機づけられているのは不自然だと指摘したといわれる。しかし《若きウェルターの悩み》には恋愛心理のほかに宗教的自然観および社会批判の要素があり,これら二つの要素は恋愛心理の要素に劣らず重要である。〈若きウェルター〉は神的な自然から優れた資質を賦与された青年として全き人間性の理想を実現しようとするのであるが,市民階級の出である彼にはまだ十分な活動の場が与えられておらず,彼の〈悩み〉は勢い当時の貴族社会の批判となって表れるからである。この見地に立てば,彼の自殺は失恋の結果ではなく,むしろある宗教的な使命をもった人間が現実の生活において挫折し,キリストのような受難者として神的自然のもとへ帰っていくことである。社会批判的な表現を用いれば,ウェルターは〈十字架にかけられたプロメートイス〉(ゲーテの友人J.M.R. レンツの言葉)なのである。ただし日本においては,高山樗牛の英語からの重訳(1891)および久保天随による原典からの最初の完訳(1904)以来,《若きウェルターの悩み》はもっぱら恋愛小説として受容される傾向が強い。
執筆者:木村 直司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報