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若松若太夫(初代) わかまつ わかたゆう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

若松若太夫(初代) わかまつ-わかたゆう

1874-1948 明治-昭和時代の説経浄瑠璃(せっきょうじょうるり)太夫。
明治7年10月生まれ。薩摩(さつま)辰太夫の門人。明治35年若松若太夫を名のり一派をおこす。41年の第5回美音会で好評をえた。義太夫節,新内節などをとりいれた新曲も創作。昭和21年子の松崎寛に2代目をゆずり,武蔵大掾(むさしのだいじょう)と改名。昭和23年11月24日死去。75歳。埼玉県出身。本名は松崎大助。前名は芳太夫,崎太夫。

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朝日日本歴史人物事典の解説

若松若太夫(初代)

没年:昭和23.11.24(1948)
生年:明治7(1874)
明治から昭和にかけての説経節若松派の太夫。本名松崎大助。埼玉県熊谷の農家に生まれる。14歳で説経節をはじめ,芳太夫,崎太夫を経て明治35(1902)年に若松若太夫と改めて一派を樹立。当時説経節は関東中央部で農民が伝承していて専業者はなく,郷土芸能視されていたが,若太夫の美声と艶やかな語り口で郷土芸能の域を脱し,「改良説経節」として知られるようになった。昭和20(1945)年に2代目を子の寛に譲り武蔵大掾を名乗った。2代目若太夫は失明と難聴のため襲名後間もなく活動を中断していたが,昭和54年に再起,説経節の復活として話題を呼んだ。<参考文献>『若松若太夫芸談』

(竹内道敬)

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