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范蠡 はんれい Fan Li

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

范蠡
はんれい
Fan Li

中国,春秋時代末期の政治家,財政家。越王勾践 (こうせん) に仕え,越が呉王夫差に敗北したあとの再建に努力し,ついに夫差 23 (前 473) 年に呉を破って「会稽の恥」をそそぎ,勾践を五覇の一人にさせた。

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デジタル大辞泉の解説

はん‐れい【范蠡】

中国、春秋時代末のの忠臣。楚国苑(えん)(河南省)の人。越王勾践(こうせん)に仕えて富国強兵を図り、呉を滅ぼして会稽の恥をそそいだ。のち野に下り、陶朱公と称して巨万の富を築いたという。

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百科事典マイペディアの解説

范蠡【はんれい】

中国,春秋時代末期(前5世紀)の越王句践(こうせん)の忠臣。句践をたすけて呉王夫差(ふさ)を滅ぼし,会稽の恥をそそぐ。のち越を去って斉にいき,鴟夷子皮(しいしひ)と称して巨万の富を得る。

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世界大百科事典 第2版の解説

はんれい【范蠡 Fàn Lǐ】

中国,春秋時代の越王句践(こうせん)の忠臣。生没年不詳。句践を助けて呉を討ち会稽の恥をそそいだが,越が天下に覇をとなえると句践のもとを去り,海路斉に行った。彼はここで鴟夷子皮(しいしひ)と号し数千万の財をたくわえて斉の宰相となったが,散財して今度は交易の要地である陶(とう)(山東省定陶県)に行って朱公と称し,再び巨万の富を得た。しかし今度もまた,すべて貧者に分け与えてしまったという。いわば中国商人の元祖であるが,これら《史記》に見える彼の事跡には多分に後世の作為があり,伝説の域を脱しない。

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大辞林 第三版の解説

はんれい【范蠡】

中国、春秋時代の越の功臣。別名、陶朱。呉王夫差ふさと戦って敗れた越王勾践こうせんを助け、国力を養い夫差を討った。のち山東に住み巨万の富を築いた。生没年未詳。 → 陶朱とうしゆ猗頓いとんの富とみ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

范蠡
はんれい

生没年不詳。中国、春秋時代末期の越(えつ)の大夫(たいふ)。楚(そ)の三戸(さんこ)の人と伝えられる。大夫種(しょう)(文種(ぶんしょう))とともに越に入り、勾践(こうせん)に仕えて重用された。紀元前494年、呉(ご)王の夫差に越が敗れてのち、苦心して時を待ち、前473年呉を滅ぼした。しかし范蠡は、覇者となった勾践のもとを辞して斉(せい)に去り、鴟夷子皮(しいしひ)と名のり、産業に努め巨富を築いた。斉の人は彼を宰相に推したが、「久しく尊名を受くるは不祥なり」と考え、資産を友人たちに分与し、交通の要衝、陶(とう)(山東省定陶県)に移住した。そこでふたたび巨富を築き、陶朱公と称した。彼は師である計然(けいぜん)の七策のうち五策で越王勾践を覇者とし、残りの二策で富を築き、在世中、三度住まいを移し、そのたびに名を表したと伝えられ、『范蠡計然』『陶朱公致富奇書』などの書名に名をとどめることになった。[飯島和俊]

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世界大百科事典内の范蠡の言及

【西施】より

…呉王の寵を得ると,西施はさまざまな難題を要求して呉国を疲弊させた。呉が越に滅ぼされたあと,もともと情を通じていた越の賢臣范蠡(はんれい)とともに五湖に舟を浮かべて行方知れずになったという。西施の事跡は,彼女がきぬを洗った浣紗渓(かんしやけい)(浙江省紹興の南,若邪渓(じやくやけい)とも)など,江南の風物と結びついて,歴代詩歌にうたわれることが多い。…

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