(読み)こし

百科事典マイペディア「越」の解説

越【こし】

古代における本州の日本海沿岸域北東部を指す地名で,古志高志・古之とも書く。律令期以降の越前加賀能登越中越後出羽にあたる。《日本書紀》には〈越国〉のほか,〈越海〉〈越之路〉〈越之丁〉〈越辺蝦夷〉などとみえ,白鹿・燃土・燃水が献上されたとの記事があり,畿内(きない)王権における労働力源,蝦夷(えぞ)対策の補給基地,高句麗(こうくり)使の渡来経路などとして現れる。《日本書紀》の国生み神話には,本州を意味する〈大日本豊秋津洲(おおやまととよあきづしま)〉とは別に〈越洲(こしのしま)〉があげられており,遅くまで畿内王権と係の薄い独立性の高い地域であったと考えられる。《古事記》の〈高志の八俣(やまた)の遠呂智(おろち)〉や《出雲国風土記》の〈高志の都都(つつ)の三埼(みさき)〉の国引き伝承などは西方の山陰地方との結びつきを示唆し,《日本書紀》欽明(きんめい)天皇31年条の高麗使着岸の記事などは,日本海対岸地域との交流を伝えている。百済大(くだらだい)寺の造営に越の丁(よほろ)などが徴発されたといい(同書),厳密な意味で越が畿内王権の管理下に置かれたことを示す初見記事とされる。7世紀末の国評(こくひょう)制施行によって越前・越中・越後の3国に分立。その後越後国から出羽国,越前国から能登国・加賀国が分立した。なお越に対する古代貴族の観念は,枕詞(まくらことば)の〈しな離(ざか)る〉に象徴されている。

越【えつ】

(1)中国,春秋末期から戦国時代に,今の浙江地方にあった国。会稽浙江省紹興)に都した。北方争い,王句践(こうせん)は前473年呉王夫差(ふさ)を破り覇者となった。その死後は衰え,前306年ごろに滅ぼされる。→春秋戦国時代(2)五代十国の一つ。呉越とも。908年―978年存続。銭塘(杭州)に都し,に滅ぼされた。(3)ベトナムの王朝も〈越〉を称したものが多い。10世紀には大瞿越(ダイコーベト)が建国し,11世紀のリ(李)朝,13世紀のチャン(陳)朝は国号を〈大越〉(ダイベト)とした。ベトナムという国号も,字の〈越南〉を現地音で読んだものである。
→関連項目太宗(宋)覇者

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デジタル大辞泉「越」の解説

えつ【越】[漢字項目]

常用漢字] [音]エツ(ヱツ)(漢) オチ(ヲチ)(呉) エチ(ヱチ)(呉) [訓]こす こえる
エツ
ある所・時の境をこえる。「越境越冬越年
物事の範囲・程度をこえる。「越権僭越せんえつ卓越超越優越
古代中国の国名。「呉越
「越前」「越後」「越中」の。「越州上越北越甲信越
ベトナム。「中越」
〈エチ〉こしの国。「越後越前
[名のり]お・こえ・こし
[難読]越天楽えてんらく越度おちど越階おっかい越訴おっそ檀越だんおち・だんおつ夏越なごし越南ベトナム

えつ〔ヱツ〕【越】

中国、春秋時代列国の一。都は会稽かいけい。前473年、を滅ぼして北上、中原に覇を唱えたが、前334年、に滅ぼされた。
中国浙江せっこう省の異称。
えつ(粤)

えち【越】[漢字項目]

えつ

おち【越】[漢字項目]

えつ

こし【越/高志】

こしの国

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「越」の解説


えつ
Yue; Yüeh

中国の春秋・戦国時代の諸侯国の一つ。都は会稽 (浙江省) 。越人は入墨,断髪風習があり,漢人とは異なる民族といわれる。春秋時代末期に強くなり,北隣の抗争を繰返した。勾践 (こうせん) が前 496年,呉王闔閭 (こうりょ) を破ったが,その子夫差のため前 494年に大敗北。范蠡 (はんれい) らの補佐により苦心の末,前 473年夫差を滅ぼし,恥をそそいだ。以後はふるわず,前 334年楚に滅ぼされた。春秋の五覇の一つに数えられることがある。

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精選版 日本国語大辞典「越」の解説

ごし【越】

〘語素〙
① 名詞に付いて、その物を越して、あるいは隔てて、何かをすることの意を表わす。「垣根ごし」「ガラスごし」
※書紀(720)崇神一〇年九月・歌謡「大坂に 継ぎ登れる 石群(いしむら)を 手(た)誤辞(ゴシ)に越さば 越しかてむかも」
② 時間的長さを表わす語に付いて、その間中続いてきたことを表わす。ある年月にまたがって。
※浄瑠璃・国性爺後日合戦(1717)一「二年ごし三年ごし、来る日も来る日も」

く・ゆ【越】

〘自ヤ下二〙 「こゆ(越)」の上代東国方言。越える。
万葉(8C後)二〇・四三七二「不破の関 久江(クエ)は行く」
[語誌]挙例は常陸国防人歌であり、中央語の「こゆ」が「くゆ」の形になっているが、このようにオ列甲類の音がウ列音になるのは他に「イモ(妹)」が「イム」に〔万葉‐四三六四〕、「ヨドコ(夜床)」が「ユトコ」に〔万葉‐四三六九〕なるなど数例見られる。

えつ ヱツ【越】

[一] 中国、春秋戦国時代の国。春秋十四列国の一つ。会稽を都として浙江地方を治める。前六〇一年より史書にその名が現われるが、紀元前五世紀初めの勾践(こうせん)のとき、北方の呉を破って江蘇山東進出。紀元前三三四年楚に滅ぼされる。
[二] 中国、浙江省の別称
[三] 越前(福井県)、越中(富山県)、越後(新潟県)の略。

こし【越】

[1] 〘名〙
能楽で、囃子(はやし)の打ち方の名称。
連歌俳諧で、付句から一句隔てた前の句。また、一句を隔てて句と句が相対することをいう。打越(うちこし)
[2] 〘接尾〙 ちりめん織物で、左右から互いにさしこむ緯(よこいと)の数を数えるのに用いる。

こそ【越】

四段活用動詞「こす(越)」の連体形「こす」の上代東国方言。
※万葉(8C後)二〇・四三八九「潮船の舳(へ)古祖(コソ)白波にはしくもおふせ給ほか思はへなくに」

ごえ【越】

〘語素〙 国名・峠の名など、地名に付いて、そこを越える経路を表わす語。「伊賀越え」「龍華越え」「ひよどり越え」

こ・ゆ【越】

〘自ヤ下二〙 ⇒こえる(越)

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旺文社世界史事典 三訂版「越」の解説


えつ

春秋時代から戦国時代に浙江 (せつこう) 地方にあった諸侯国の1つ
会稽 (かいけい) (現在の紹興 (しようこう) )に都した。同じ南方系異民族の北隣(現在の江蘇地方)の呉と争うことが多く,前473年越王勾践 (こうせん) は呉王夫差を討って中原に進出し,覇者になった。勾践の子孫無彊 (むきよう) のとき楚 (そ) と争い,敗れて前334年滅亡した。

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世界大百科事典 第2版「越」の解説

えつ【越 Yuè】

中国古代,春秋戦国時代の侯国,都は会稽(浙江省紹興市)。夏王少康の子無余が封ぜられた国というが,不明。郕・粤・於越とも書く。春秋後半に強大となり,呉と争い,王句践(こうせん)は前473年呉王夫差を破り,呉を併合。北進して・楚と対立し,など山東諸侯国の争いに介入し,周王に覇者と認められる。この間一時都を北の瑯琊(ろうや)(山東省胶南県)にうつしたと言われる。戦国時代に入ると,急速に衰え,前306年ころ楚に滅ぼされた。

えつ【越 Yuè】

中国,前漢代前期に越王句践(こうせん)の子孫と称した越族が,閩江(びんこう)流域に閩越国,甌江(おうこう)流域に東越(東甌)国をたてた。秦末,君長の騶無諸(すうむしよ)と騶揺はそれぞれの部族を率いて漢王朝の成立をたすけ,騶無諸は前202年閩越王に,騶揺は前191年東越王に安堵された。東越は,〈呉楚七国の乱〉に関与したことが遠因で滅亡,閩越も,一時は南越を侵すほど隆盛をほこったが,前110年(元封1),漢に滅ぼされ,東越と同様にその住民は今の江蘇省北部へ移住させられた。

こし【越】

古代の広域地名。高志,古志,古之とも書く。本州の日本海沿岸域北半,敦賀湾から津軽半島までを包括する。律令期以降の越前,加賀,能登,越中,越後,出羽に相当し,若狭佐渡は含まれない。《日本書紀》の国生み神話の多くは,本州を意味する〈大日本豊秋津洲(おおやまととよあきづしま)〉とは別に〈越洲(こしのしま)〉を掲げており,かなり遅くまで畿内の王権とのつながりの薄い独立性の強い地域であったと考えられるが,507年には継体天皇を畿内に送り出したと伝承される。

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世界大百科事典内のの言及

【会稽山】より

…また秦の始皇帝も禹をまつって石碑を建てたという(秦望山という別称はこれによる)。この付近は古代の越国の中心で,杭州湾から江南全体を展望しうる会稽山はその象徴であった。秦・漢を通じても江南全体は会稽郡と呼ばれた。…

【越後国】より

…現在の佐渡を除く新潟県に当たる。
【古代】
 大化改新以後つくられた越(こし)国の蝦夷に接触している地域で,7世紀の半ば阿倍比羅夫が蝦夷経営に活躍し,渟足(ぬたり)柵磐舟(いわふね)柵がつくられた。7世紀末には越前,越中,越後の3国に分かれた。…

【越前国】より

…現在の福井県のうち南西部の旧若狭国を除いた北東部を占める。
【古代】
 北陸地方は古くは(こし)(高志)とよばれ,越前に当たる地域には角鹿(つぬが)国造,三国国造がいた。越は蝦夷経営の前進基地としての政治的役割をもち,589年に阿倍臣を北陸道に遣わし越等の諸国の境を視察させている。…

【越中国】より


【古代】
 北陸道に属する上国(《延喜式》)。北陸の地一帯は古くは(こし)と総称されたが,律令国家の形成過程で越前,越中,越後の3国に分割された。その時期は明確ではないが,《日本書紀》持統6年(692)9月癸丑条に〈越前国司白蛾を献ず〉と見えるのが分割された国名の初見である。…

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