デジタル大辞泉
「菅原清公」の意味・読み・例文・類語
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出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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菅原清公
没年:承和9.10.17(842.11.22)
生年:宝亀1(770)
平安初期の公卿,文人。古人の4男。道真の祖父。「きよとも」とも。従三位。家が貧しかったため苦学して経史を学び,延暦3(784)年,皇太子早良親王に侍し,次いで文章生となった。同23年,遣唐判官として入唐(翌年帰国),のち嵯峨天皇が儀式衣服を唐様に改め,内裏殿舎,諸門にも唐風名の新額を掲げさせるなどの朝儀改善を行ったのは,新知見を得た清公の進言による。平安京の左京,右京をそれぞれ洛陽城,長安城と呼んだのも同様。『文選』や『後漢書』を進講するなど学者としても著名で,天長1(824)年,播磨権守として赴任したときには,その才能を惜しむ公卿たちが,国の元老を遠くに離すべきではないとして議奏,翌年召還されたほどだった。晩年歩行が困難になったとき,牛車での参内を許されている。常に名薬を服し,容貌が衰えなかったというが,入唐の際に得たものか。『凌雲集』『文華秀麗集』の選述や『令集解』の編纂にも参画した。
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
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菅原清公
すがわらのきよとも
[生]宝亀1(770)
[没]承和9(842).10.17. 京都
平安時代初期の廷臣。儒者。漢詩人。古人の第4子。「きよきみ」「きよただ」とも読む。文章生,文章得業生,大学少允を経て,延暦 21 (802) 年に遣唐判官兼近江権掾となり,同 23年3月に遣唐大使藤原葛野麻呂に従って,最澄,空海らとともに入唐し,翌年帰朝。大学助などを経て大学頭,文章博士となる。この間,弘仁9 (818) 年3月天下の儀式,男女の衣服を唐風に改める詔が彼の進言によって下された。『文選』を進講。承和6 (839) 年,従三位。『凌雲集』『文華秀麗集』の撰者の一人となる。子善主,是善はいずれも学者として有名。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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菅原清公
すがわらのきよとも
(770?―842)
平安初期の漢詩人。「きよきみ」とも読む。古人(ふるひと)の四男。年少にして経史に通じ、20歳で文章生(もんじょうしょう)試に合格し、対策に及第して大学少允(しょうじょう)となり、804年(延暦23)入唐(にっとう)して翌年帰朝、従(じゅ)五位下大学助となる。その後、文章博士(もんじょうはかせ)、式部大輔(しきぶのたいふ)、弾正大弼(だんじょうのだいひつ)、左京大夫(さきょうのだいぶ)などを歴任し従三位(じゅさんみ)に至り、病いのため牛車で参内することを許された。嵯峨(さが)天皇のとき朝廷の諸式を唐制に擬する議に関与し、また『令義解(りょうのぎげ)』『凌雲集(りょううんしゅう)』『文華秀麗集(ぶんかしゅうれいしゅう)』の編集に参与した。家集は散逸し、勅撰(ちょくせん)集に十数首の詩を残している。
[大曽根章介]
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菅原清公 すがわらの-きよとも
770-842 平安時代前期の公卿(くぎょう),学者。
宝亀(ほうき)元年生まれ。菅原古人(ふるひと)の4男。延暦(えんりゃく)23年遣唐判官として唐(中国)にわたる。帰国後大学頭(かみ),文章博士,式部大輔(たいふ)などを歴任。嵯峨(さが)天皇のとき,朝廷の儀式や衣服を唐風にあらためることを建議。「令義解(りょうのぎげ)」や「凌雲(りょううん)集」「文華秀麗集」の編集にかかわった。従三位。承和(じょうわ)9年10月17日死去。73歳。名は「きよきみ」ともよむ。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の菅原清公の言及
【凌雲集】より
…書名は〈雲を凌(しの)ぐ〉ほど優れた詩集の意。[小野岑守](みねもり)が嵯峨天皇の勅命を奉じ菅原清公(きよきみ)らと慎重に協議して編集したことが序文にみえる。作者23名,詩数90首,現存本にはさらに1名1首が加わる。…
【令義解】より
…編纂者は右大臣[清原夏野](きよはらのなつの)ほか11人。そのなかには興原敏久(おきはらのみにく),[讃岐永直](さぬきのながなお)などの明法家(律令学者)のほかに,菅原清公(すがわらのきよとも),[小野篁](おののたかむら)などの著名な文筆家が加わっている。その令文解釈は,それまで行われていた多くの明法家の解釈の中道をとり,おおむね妥当だが,まま机上の空論にすぎないと思われるもの,当時の慣行に基づく解釈で令の本来の意味とは異なるものなどがみられる。…
※「菅原清公」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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