コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

董必武 とうひつぶDong Bi-wu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

董必武
とうひつぶ
Dong Bi-wu

[生]光緒12(1886).3.5. 湖北,黄安
[没]1975.4.2. 北京
中国の政治家,中国共産党の指導者の一人。宣統3 (1911) 年武昌起義に参加し,1921年中国共産党創立大会に湖北省代表として出席。 24年国共合作のもとで国民党にも加入し,26年国民党中央執行委員候補となった。 27年の国共分裂後,28~32年ソ連に留学。帰国後,江西ソビエト区に入り,中央党学校長をつとめ,長征に参加した。日中戦争中は重慶で国共交渉にあたり,45年4月のサンフランシスコ会議に中国共産党代表として出席。戦後は南京で国共会談に参加。 48年華北人民政府主席,49年政務院副総理を経て,中華人民共和国副主席,主席代理,党中央政治局委員などの要職にあった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル大辞泉の解説

とう‐ひつぶ【董必武】

[1886~1975]中国の政治家。湖北省出身。1921年中国共産党の創立に湖北省代表として参加。長征に参加し、第二次国共合作期には、共産党代表として周恩来らと武漢・重慶に駐在した。中華人民共和国成立とともに国家副主席、全国人民大会代表など要職を歴任。1972年国家主席代理となる。トン=ピーウー。

トン‐ピーウー【董必武】

とうひつぶ(董必武)

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

董必武【とうひつぶ】

中国の政治家。湖北省の人。中国共産党の創立大会に参加し,江西ソビエト区では教育部門を担当。抗日戦争中から戦後にかけて国共関係の調整に尽力し(国共合作),華北人民政府の基礎をつくった。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

とうひつぶ【董必武 Dŏng Bì wǔ】

1886‐1975
中国の政治家。日本留学中,中国同盟会に入り,1911年,武昌で辛亥革命に参加。21年中国共産党創立大会に参加,国共合作で国民党中央委員候補にもなったが,国共分裂でソ連に亡命した。32年帰国してソビエト区に入り,中央党学校長,長征にも参加した。林伯渠,徐特立らとともに党の元老として董老と呼ばれた。国共再合作後は重慶辧事処に駐在して,国民参政会議員にもなり,周恩来を助けて国民政府との交渉にあたった。49年中華人民共和国成立とともに副首相,54年最高人民法院長,59年国家副主席。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

董必武
とうひつぶ / トンピーウー
(1886―1975)

中国の政治家。湖北省の生まれ。日本の法政専門学校留学中に中国同盟会に加盟、辛亥(しんがい)革命では武昌蜂起(ぶしょうほうき)に参加、1921年の共産党の創立に湖北省代表として参加した。国共分裂後の1928年からソ連に留学、1932年帰国後は江西ソビエトで教育工作に従事。長征に参加して、第二次国共合作期には中国共産党代表として周恩来らと武漢・重慶(じゅうけい)に駐在した。1945年4月のサンフランシスコ講和会議には中共を代表して参加。戦後の内戦期の1948年華北人民政府主席。新中国成立とともに国家副主席、共産党中央委員、全国人民代表大会代表など要職を歴任、1972年国家主席代理、1975年中国共産党政治局常務委員に再選された。[加藤祐三]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

董必武の関連キーワードトンピーウー

今日のキーワード

ビットコイン

インターネット上で流通する仮想通貨の一。金融当局の規制を受けず、P2Pネットワークを通じて相手と直接取引を行う。2009年に開発され、世界各国で利用されている。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android