琵琶楽の一種目、およびそれに用いる楽器の名称。筑前(ちくぜん)琵琶とともに琵琶楽の二大流派をなす。
室町時代末、薩摩(鹿児島県)の島津藩主島津忠良(ただよし)(1492―1568)は武士の闘争心をそそる目的で教訓的な歌詞をつくり、薩摩盲僧(もうそう)31代淵脇寿長院(ふちわきじゅちょういん)にこれを作曲させた。同時に、寿長院は盲僧琵琶を改良して新しい琵琶歌のための楽器をつくった。これが薩摩琵琶の音楽と楽器の起源であるが、当時は薩摩琵琶とはいわず、琵琶歌とのみ呼称していたらしい。戦国時代を通じて、弾奏を薩摩武士にしか許さなかったが、江戸時代中期以降町人も演奏するようになった。質実剛健な前者を「士風琵琶」、艶麗(えんれい)優美な後者を「町風琵琶」とよぶ。江戸時代末期、池田甚兵衛という名手がこの士風と町風を融合し、今日の薩摩琵琶の様式を確立した。明治維新以後、東京では薩摩の名士が多かったため薩摩琵琶が東京を中心に広まっていった。明治後期、東京の永田錦心(きんしん)は艶麗な技法を豊かにし、錦心流を開いた。この流派は大正から昭和初期にかけてもっとも人気を集めた。以後、在来の薩摩琵琶の伝統を正派とよぶ。さらに昭和初年、錦心流の水藤錦穣(すいとうきんじょう)は琵琶を改良して錦(にしき)琵琶を生み出し、分派した。また、第二次世界大戦後は錦琵琶の鶴田錦史(きんし)が鶴派をおこすなど多くの流派が生まれ、今日、薩摩琵琶は正派、錦心流、錦琵琶の3派に大きく分かれている。
古来の薩摩琵琶は、全長約91センチメートルで雅楽の楽(がく)琵琶よりやや小ぶりであるが、海老尾(えびお)はすべての琵琶類と比べて大きい。腹板は凸面をなし、柱(ちゅう)は非常に高くて、撥(ばち)は扇を広げたように広い(最大約30センチメートル)。正派と錦心流の琵琶は4弦4柱で、錦琵琶と鶴派では5弦5柱のものも使用する。楽器を立てて構え、弾奏する。もっとも目だつ弾法は、撥で弦を鳴らして腹板にあてる「打ちバチ」で、大きい音を出す打楽器的効果をあげる。
音楽的には歌いながら楽器で伴奏せず、歌詞の句と句の間だけ奏するのが本来の形である。曲には『桜井の駅』『白虎隊(びゃっこたい)』『城山(しろやま)』などの悲壮な戦争物語を語るものが多い。なお歌詞のない秘曲「門(かど)琵琶」があり、近年これを復興する試みがある。
[シルヴァン・ギニアール]
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…箏曲界に次いで洋楽の影響を多く受けたのは長唄である。なお,この期の邦楽界に新しく加わったものとしては,薩摩琵琶,筑前琵琶,都山流(とざんりゆう)尺八,浪花節(なにわぶし)などがあげられる。薩摩琵琶は仏教寺院の法要琵琶であった盲僧琵琶をもとに室町末期から武家の教養音楽として薩摩藩に発達したものであるが,明治維新による薩摩出身者の東京進出により,郷土芸能であった薩摩琵琶も東京に紹介され,全国的な芸能になった。…
…こうした盲僧琵琶の音楽的活動は筑前盲僧と薩摩盲僧に大別されてわずかに現存し,その傍系の山口県や熊本県の小型の笹琵琶を使う肥後琵琶はほとんど絶えた。(3)薩摩琵琶 このように盲僧琵琶はすでに世俗化の傾向を示したが,別の世俗的な琵琶楽を近世に生み出すきっかけをも提供した。それは16世紀後半に始まった薩摩琵琶と19世紀末からの筑前琵琶を代表とするいわゆる〈琵琶歌〉である。…
…外来楽器の琵琶を奏する盲僧は,すでに奈良時代には存在したと思われるが,中世初頭に《平家物語》を語る平曲を表芸とする一団が活躍して地神経や荒神経を読んで地神や竈神(かまどがみ)をまつる盲僧から分離した。筑前琵琶の源流をなす筑前盲僧は,唐から直接日本に伝来した直系を称し,薩摩琵琶は鎌倉時代初期に島津氏に従って薩摩に下った盲僧の系譜を伝える。かつて地鎮祭(じちんさい)や荒神祓,土用経(どようきよう)にまわった盲僧の姿は,九州一帯や長門,石見,大和などでも見られたが,現在では国東(くにさき)半島や北九州市,対馬の一部に残るにすぎない。…
※「薩摩琵琶」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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