衛士府(読み)エジフ

デジタル大辞泉 「衛士府」の意味・読み・例文・類語

えじ‐ふ〔ヱジ‐〕【衛士府】

律令制における官司の一。左右2府があり、宮廷警護行幸護衛などに当たった。弘仁2年(811)左右衛門府改称

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精選版 日本国語大辞典 「衛士府」の意味・読み・例文・類語

えじ‐ふヱジ‥【衛士府】

  1. 〘 名詞 〙 令制における官名。左右二府がある。諸国軍団から徴兵した衛士を率いて、宮廷の警護や行幸の護衛などにあたった。大同三年(八〇八)衛門府を合併したが、弘仁二年(八一一)左右衛門府と改めた。また、一時勇士衛ともいった。職員に督(かみ)、佐(すけ)各一人、大・少尉(じょう)、大・少志(さかん)各二人その他がある。
    1. [初出の実例]「左右衛士府。率諸国勇士。分衛宮掖。故改為左右勇士衛」(出典続日本紀‐天平宝字二年(759)八月甲子)

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改訂新版 世界大百科事典 「衛士府」の意味・わかりやすい解説

衛士府 (えじふ)

日本古代,律令制の中央軍事組織である五衛府のうちの左右衛士府。701年(大宝1)ごろ成立,養老令の規定では督,佐,大尉,少尉,大志,少志などの官人および衛士が所属していた。衛士の数は令に規定なく,741年(天平13)には定数のほかに左右各400人を加え,805年(延暦24)には左右各600人を500人に減じている。おもな職務は,衛士を管理統率し,宮城内の宮門(中門)などを警衛し,諸所を巡検することであり,また京中の夜間の巡回,行幸時の武器設営,天皇出入のさいの警固在京の死囚決罰のさいの監視などのことも令に規定されている。758年(天平宝字2),左右勇士衛と改称されたが,764年旧に復した。808年(大同3),衛門府を廃して門部などの職員と職務とを左右衛士府に併せ,文字はそのままに〈ゆげいのつかさ〉(靫負府)と称したが,811年(弘仁2)にいたり左右衛士府は左右衛門府と改称され,消滅した。
衛府
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「衛士府」の意味・わかりやすい解説

衛士府
えじふ

五衛府の一つ。左右衛士府に分かれている。奈良時代の親衛軍組織。左右衛士府それぞれが、督(かみ)1人、佐(すけ)1人、大尉(だいじょう)2人、少尉2人、大志(だいさかん)2人、少志2人、医師2人、使部(しぶ)60人、直丁(じきちょう)3人、および衛士・火頭(かとう)(衛士の炊事役)が総数で約3000配備されていた。衛士数は奈良時代の経過のなかで減少、805年(延暦24)には左右衛士府衛士が各600から500に、衛門府衛士が400から300となり、弘仁(こうにん)年間(810~824)には総数が1000~1200前後になった。衛士府の設置は大宝律令(りつりょう)(701)以降。徴発された衛士は畿内(きない)、西海道、三関国を除く、おもに東国、出雲(いずも)、吉備(きび)地域の出身であった。811年(弘仁2)左右衛門府と称され、衛士府の名称は消滅する。

[野田嶺志]

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「衛士府」の解説

衛士府
えじふ

大宝・養老令に規定された衛府。左衛士府・右衛士府がある。養老令によれば,おのおの督(かみ)・佐(すけ)・大尉・少尉・大志・少志の四等官がおり,その下に諸国から上番した衛士が所属した。職務は宮中の庁舎や諸門の禁衛・巡検,行幸の前駆・後衛,京中の夜回りなどであった。758~764年(天平宝字2~8)の藤原仲麻呂による官号改称では,左右の勇士衛(ゆうしえい)といった。808年(大同3)衛門府を併合し,さらに811年(弘仁2)左右の衛門府と改称された。

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旺文社日本史事典 三訂版 「衛士府」の解説

衛士府
えじふ

律令官制の五衛府の一つ
左・右衛士府がある。諸国の軍団から選ばれた衛士 (えじ) によって,宮中の巡検・警護などに従事した。808年衛門府を廃して,左右衛士府に合併したが,811年左右衛士府を左右衛門府と改称。

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百科事典マイペディア 「衛士府」の意味・わかりやすい解説

衛士府【えじふ】

衛府

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世界大百科事典(旧版)内の衛士府の言及

【衛府】より

…中国では魏・晋のころから発達し,唐では天子十六衛,東宮十率府があった。日本では大化改新後,中国にならって制度が整備され,旧来の舎人(とねり)の伝統をうけつぐ兵衛,衛士をひきいる左右衛士府,衛士と旧来の靫負(ゆげい)の伝統をうけつぐ門部とからなる衛門府などがあいついで生まれ,701年(大宝1)までに衛門府,左右衛士府,左右兵衛府からなる令制の五衛府が成立した。五衛府の兵力の主体は農民出身の衛士であるが,宮内の宿直,閤門(内門)の守衛など重要な職務は,地方豪族,下級官人層出身の兵衛が担当した。…

※「衛士府」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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