多種かつ多数の裁判所の間で裁判権行使を分掌する定めをいう。単に管轄ともいう。同じ内容を表すのに裁判管轄権,管轄裁判所という語も用いるが,これは視点の違いである。すなわち,特定の裁判所からみれば,その裁判所がどれだけの範囲の事件を取り扱う権限を有するか,すなわち裁判管轄権の問題となり(単に管轄権ともいう),特定の事件または人からみれば,その事件または人について管轄権を行使する裁判所はどの裁判所か,すなわち管轄裁判所の問題となるわけである。管轄権は裁判権とは異なる。裁判権は,主として外国との関係でおよそ日本の裁判所が事件を審理・裁判することができるかという問題であるのに対し,管轄権は,裁判権を前提としたうえでどの裁判所が審理・裁判する権限をもつかの問題である。もっとも,最近では,外国の裁判所と日本の裁判所の事件の配分の定めを国際(裁判)管轄と呼ぶことが多くなってきている(後述)。
裁判管轄にはいろいろの種類がある。(1)職分管轄(職務管轄)とは,性質の異なる司法活動をそれに適した裁判所に配分する管轄である。たとえば,督促手続(民事訴訟法383条)や強制執行(民事執行法44条,113条,144条),再審(民事訴訟法340条,刑事訴訟法438条)や付審判手続(準起訴手続)の管轄(刑事訴訟法262条)等である。(2)審級管轄とは,最高裁判所を頂点にピラミッド型に構成されたどの段階の裁判所が事件のどの審級(第一審,第二審,第三審)を担当するかの定めである。(3)事物管轄とは,事件の第一審の管轄を地方裁判所と簡易裁判所(刑事ではさらに家庭裁判所や高等裁判所)に分配する定めである。事件の性質や難易・軽重を考慮して決められる。(4)土地管轄とは同種の事件を所在地を異にする同種の裁判所のいずれが分掌するかの定めである。事件と土地との関連性を考慮して定められる。
裁判管轄は,民事事件・刑事事件のいずれにおいても問題になるが,いまそれらの中心である訴訟手続についていえば,刑事訴訟は検察官が被告人に対して公訴を提起するのに対して,民事訴訟は原則として私人が私人を相手として提起するものであるから,どの裁判所に訴状を出したらよいか,どこの裁判所へ出頭しなければならないか等,民事訴訟における管轄のほうがはるかに身近で深刻な問題を含んでいる。以下,民事と刑事に分けて説明する。
(1)事物管轄と審級管轄 民事通常事件(たとえば,貸した金を返せ,家屋を明け渡せ,不法行為による損害を賠償せよ,の類の請求)は訴額が90万円以下なら簡易裁判所,90万円を超えると地方裁判所が第一審の管轄権をもつから,その裁判所に訴えを提起しなければならない。ただし,不動産に関する訴訟は,訴額が90万円以下でも地方裁判所に提訴できる(裁判所法24条1号,33条1項1号)。訴額とは,訴訟の目的の価額であり,原告の主張する請求の金銭的利益を評価して算定する。訴額の算定が不可能な非財産関係の訴訟の場合には,その訴額は90万円を超過するものとみなす。また,家屋を明け渡せ,明渡しまでの家賃を支払えというような,一つの訴えで数個の請求をする場合には訴額を合算して90万円を超過すれば,地方裁判所の管轄となる(民事訴訟法8条,9条)。このような通常事件に対して,離婚の訴え,離縁の訴え,子の認知請求等の人事訴訟や,行政庁の処分の取消し,選挙の無効の訴え等の行政事件訴訟のような特別なタイプの訴訟は地方裁判所が第一審となる(人事訴訟手続法1条,裁判所法33条1号)。第一審が簡易裁判所である事件では,その判決に対する控訴審は地方裁判所,上告審は高等裁判所であり(裁判所法24条3号,16条3号),第一審が地方裁判所である事件では,控訴審が高等裁判所,上告審が最高裁判所である(裁判所法16条1号,7条1号)。
(2)土地管轄 地方裁判所または簡易裁判所に訴えを提起するとして,原告は,全国に多数ある裁判所のどこの裁判所に訴えを起こすべきか。これが土地管轄の問題であり,なんらかの関連のある地点(これを裁判籍という)によって定められる。原告としてはなるべく自分の住所に近い裁判所で訴訟をしたいと考えるし,同じことは被告にとってもいえるので,重大な問題となる(管轄が遠いので裁判をあきらめるケースも出てくる)。この点に関するローマ法以来の原則は,〈原告は被告の法廷に従うactor sequitur forum rei〉というものであり,日本でも,訴えは被告の住所地(住所がないときまたは不明のときは居所,居所もないときまたは不明のときは最後の住所)の裁判所に提起すべきものとしている(民事訴訟法4条)。被告の住所地という裁判籍は事件のタイプに関係なくあらゆる事件において土地管轄を決定する根拠となるので普通裁判籍と呼ばれる。この原則は,相当の準備をしてから訴えを起こす原告と不意を打たれる被告の立場を考慮したものであり,それなりの合理性がある。しかし,原告にとって相当な負担であることは事実であり,また,事件によっては特定の土地と密接な関係があるものもあるので,その場合にはその特別の裁判籍のある裁判所に訴えることもできるという選択権を原告に与えて原告・被告間のバランスを図るのが妥当である。このような見地から認められた特別裁判籍として,たとえば,財産権上の訴えの義務履行地,手形・小切手の支払地,財産所在地,不法行為に関する訴えの不法行為地,不動産に関する訴えの不動産所在地(民事訴訟法5条各号)等がある。
(3)専属管轄と任意管轄 以上のような管轄を定めた規則の性質からみると,その管轄の定めが公益的要請に基づくため,その訴訟は必ずその裁判所で処理すべきものとされている場合(専属管轄)と主として当事者の便宜と公平を図るという私益的見地から定められている場合(任意管轄)とがある。任意管轄の場合には,当事者はこれと異なる裁判所で訴訟をする合意ができるし(管轄の合意といい,これによって生ずる管轄を合意管轄という),管轄違いであっても被告が応訴すればそこに管轄が生ずる(応訴管轄という)。専属管轄ではこのようなことは認められない(27条)。
(1)事物管轄と審級管轄 原則として罰金以下の軽い刑にあたる犯罪に関する事件は簡易裁判所,それ以外の一般の事件は地方裁判所が第一審の管轄権をもつ。例外として,内乱罪については高等裁判所が,また,児童福祉法違反等の事件については家庭裁判所が第一審として管轄する(裁判所法16条4号,24条2号,31条の3-1項3号,33条1項2号)。なお,事物管轄を異にする数個の事件が関連するときは,上級の裁判所が併せてこれを管轄することができる,とされている(刑事訴訟法3条)。審級管轄は民事と異なり,第一審が簡易裁判所であると,地方裁判所であると,家庭裁判所であるとを問わず,その控訴審は高等裁判所,上告審は最高裁判所である(裁判所法16条1号,7条1号)。内乱罪に関する高等裁判所の判決に対しては最高裁判所に上告しかできない(7条1号)。(2)土地管轄 土地管轄は犯罪地,被告人の住所・居所または現在地によって定まる(刑事訴訟法2条)。土地管轄を異にする数個の事件が関連するときは,各管轄裁判所は併せて他の事件を管轄することができる(6条)。
執筆者:青山 善充
民事訴訟が日本の貿易商と外国の取引先の間のように国際規模で生じたときは,まず,その事件を日本の裁判所が取り扱いうるかという問題が生じる。訴訟にかぎらず,ハワイに住むアメリカ人が日本にいるフランス人の子どもを養子にしたいといったときにも,いったいどこの国の裁判所,行政官庁にたよっていったらいいかが問題になる。これが国際管轄の問題である。
今日の国際社会は国際管轄のルールを国際法として持つまでにはいたっておらず各国独自の国内法によって決めているにすぎない。その結果,A国からみればA国とB国に管轄権のある事件が,B国からみればB国の専属管轄だということも生ずる。この場合,A国裁判所は訴訟を受理するが,その判決はB国では認められない。このような事態を避けるには条約が有効であるが,全体からみればこの種の条約もまだ局地的,部分的である。ECの〈民事および商事に関する裁判管轄権ならびに判決の執行に関する条約〉(1973年創設6ヵ国間で発効)にしても,加盟国間では単一の管轄ルールであるが,非加盟国との間では適用されず,それぞれの国内法に依拠している。たとえばフランスでは,フランス人であれば相手がどんなに遠い国に住んでいても,つねにフランスの裁判所に訴えを起こすことができる。イギリスでは,国土内で訴訟開始令状が直接被告に送達されさえすれば,その者の乗った飛行機がたまたまイギリス上空を通過中にすぎないときでも,対人訴訟の基礎として十分であると解している。ドイツ法系の特徴は,国際管轄向けの条文を別に用意せず,民事訴訟法の定める裁判籍が国内にあれば国際管轄もある,なければないというように,その管轄規定に国内管轄と国際管轄決定の二重機能を持たせてきたことである。
国際管轄の舞台が広大であるということは,訴訟提起の便宜を考慮に入れないと,原告に対する実質上の裁判拒否になることもある。そこで一般には国内管轄で特別裁判籍が認められるように,国際管轄も通常複数国に競合的に認められる。その場合,どこの国に訴えを起こすかは原告の自由であるが,国際間では訴訟する国が違うと裁判の手続はもちろん基準とされる法律まで違ってくることがある。そこで,これを利用して離婚の困難な国に住んでいる者が離婚しやすい国に旅行に出たり,親権裁判に敗れた親が子を親権者に不利な国に連れだして親権の変更裁判を得るといった〈法廷地あさり(フォーラム・ショッピング)〉も行われる。イギリス,アメリカにはつとにフォーラム・ノン・コンベニエンスと呼ばれる法理があって,このような場合に原告によって選ばれた不便な法廷から被告を解放する効能を発揮している。これは事件をより適切に審理しうる裁判所が他にある場合,裁判所は事件を却下または停止するなど,みずからの本来有する管轄権の行使を裁量によってさしひかえることができるという原則である。しかし大陸法系には一般にこのような法理はない。
国際的訴訟のこのような不安定を避けるには,当事者が合意によってあらかじめ管轄裁判所を決めておくことも有用である。そこで国際取引においてはこのような管轄地選択条項を契約中に挿入する例が多いが,このようなものの中には優勢な当事者があらかじめ自分につごうのいい法廷地をあさって,それを相手方に付合契約などのかたちで押しつけたものもある。そこで各国ともこのような国際管轄の合意の効力を決するには,このようなものの排除に気を配りつつ容認していこうとする傾向にある。
執筆者:海老沢 美広
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
複数の裁判所間で裁判権を行使する際の分掌の仕方に関する定めをいい、民事訴訟、刑事訴訟、国際裁判のそれぞれにより意味が異なる。
[内田武吉・加藤哲夫]
日本の民事訴訟における裁判管轄権は、最高裁判所および下級裁判所において分掌しているが、ある特定の裁判所の権限とされた裁判管轄の範囲を、その裁判所の管轄という。すなわち、日本の裁判所には、最高裁判所と裁判所法によって設置された下級裁判所としての高等裁判所・地方裁判所・家庭裁判所および簡易裁判所があり(憲法76条、裁判所法1条、2条)、下級裁判所は同種のものが多数併存している。これらの多種多様な裁判所に、事件を分配して裁判権を行わせるについての定めを管轄と称する。したがって、裁判所の管轄は、その裁判所に分配される事件を基準として定められるから、管轄とはその裁判所に分配される事件の範囲ともいえる。しかし管轄と事務分配とはまったく異なる。事務分配は同一裁判所内における複数の裁判機関(狭義の裁判所)の間の問題であり、裁判所の外部に対する関係ではない。また管轄は裁判権とも区別することを要する。裁判権は日本の裁判所を一体とみて特定事件の審理裁判に関する権限の問題であり、管轄は裁判権のあることを前提として特定事件をどの裁判所が審理裁判するかの問題である。すべての国内事件は、かならずいずれかの裁判所の管轄に属する。
各裁判所への事件の分配について民事訴訟法は複数の基準を設けており、その分配の基準が異なることにより異なった管轄の分類をしている。おもなものは、(1)審級管轄、事物管轄、土地管轄、職務管轄、(2)任意管轄、専属管轄、(3)法定管轄、指定管轄、合意管轄、応訴管轄、などである。ある裁判所が特定事件について管轄権を有するか否かは本案判決をするための前提要件たる訴訟要件の問題である。管轄は起訴(訴えの提起)のときを標準として定められるから(15条)、一度定まった管轄は起訴後管轄を定める事柄に変更があっても影響されない。たとえば、被告の住所が変わっても影響はない。裁判所は管轄の有無については職権で調査することができるし、その場合本案審理と異なり、管轄に関する事項については職権をもって証拠調べをすることができる(14条)。
なお、控訴審においては、専属管轄違いの場合を除き、当事者は第一審裁判所が管轄権を有しなかったことを主張することはできない(299条)。特定の裁判所だけに管轄を認め、他の裁判所の管轄権を認めない専属管轄の場合、その違反があれば控訴審で主張できることはもちろん、絶対的上告理由にもなる(312条2項3号)。
[内田武吉・加藤哲夫]
刑事訴訟法では、裁判所の管轄とは、特定の裁判所が特定の事件について裁判をすることのできる権限のことをいう。管轄制度の認められる理由は、各裁判所に事件の適当な分配を行う必要と、被告人の利益を保護する必要とによる。法定管轄と裁定管轄とに大別され、それぞれ以下のように細分される。
[内田一郎]
〔1〕事物管轄
事件の軽重を標準として裁判所が第一審裁判所として有する裁判上の権限をいう。(1)簡易裁判所は、罰金以下の刑にあたる罪および選択刑として罰金が定められている罪のほか、窃盗罪、横領罪など一定の罪について事物管轄を有する(裁判所法33条1項2号)。ただし、簡易裁判所は、原則として禁錮以上の刑を科することはできない。例外として、住居侵入罪、窃盗罪、横領罪など一定の罪については3年以下の懲役を科することができる(同法33条2項)。簡易裁判所は、上の制限を超える刑を科するのが相当と認めるときは、事件を地方裁判所に移送しなければならない(同法33条3項、刑事訴訟法332条)。(2)地方裁判所は、原則として、いっさいの事件について事物管轄を有する(裁判所法24条)。(3)高等裁判所は、刑法第77条~第79条(内乱に関する罪)に係る事件につき事物管轄を有する(裁判所法16条4号)。
〔2〕土地管轄
犯罪と特別の関係のある土地を管轄する裁判所が有する裁判上の権限をいう。最高裁判所は一つであるから土地管轄の問題は生じないが、その他の裁判所については事物管轄を有する裁判所のいずれが裁判をなすべきかの問題が生ずる。そこで、法律は、各裁判所の管轄区域を定め、この管轄区域内に特定事件の犯罪地または被告人の住所・居所・現在地があるときは、当該裁判所がその事件について管轄権をもつこととした(下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律2条)。なお、現在地とは、判例によれば、「公訴提起の当時被告人が任意もしくは適法な強制により現実に在る地域」をさすものとされている。
〔3〕審級管轄
第一審裁判所以外の裁判所が審級の関係から有する裁判上の権限をいう。(1)高等裁判所の審級管轄は、地方裁判所の第一審判決、家庭裁判所の判決および簡易裁判所の刑事に関する判決に対する控訴、原則として地方裁判所および家庭裁判所の決定・命令ならびに簡易裁判所の刑事に関する決定・命令に対する抗告である(裁判所法16条)。(2)最高裁判所の審級管轄は、上告および特別抗告である(同法7条)。
[田口守一]
〔1〕指定による管轄
管轄裁判所が明確でない場合に、上級裁判所の決定をもって、管轄を確定することをいう。
〔2〕移転による管轄
管轄裁判所があるのに、特別の事情によって、上級裁判所の決定をもって、その管轄権を消滅させ、他の裁判所に管轄権を生じさせることをいう。
[田口守一]
被告事件が受訴裁判所の管轄に属しないときは、原則として、管轄違いの判決が言い渡される(刑事訴訟法329条)。ただし、土地管轄については、被告人の申立てがなければ、管轄違いの言渡しをすることはできない(同法331条1項)。
[内田一郎・田口守一]
たとえば、それぞれ異なる国に所属する企業の間で商取引に関する紛争が生じ、その解決が裁判手続に付された場合や、国際結婚の夫婦間に子供の親権確認の争いが発生した場合などに、どの国の裁判所が取り扱うかが、国際裁判における裁判管轄である。これについては国際的な取決めが明確なわけではなく、またイギリスなどの英米法とドイツなどの大陸法では考え方が異なる。一般にはそれぞれの国の国内法によって処理されており、国によって判決が異なることも十分に予想される。そのため、国際裁判を受けようとするものは、あらかじめ自己に有利な判決が得られそうな国を選んで訴訟を起こしたり、親権確認を求めたりするか、あるいは訴訟当事者間で話し合って決めねばならない。このようなことを避けるためには条約が必要であるが、裁判管轄を取り決めた条約はほとんどなく、わずかにEU(ヨーロッパ連合)の前身であるEC(ヨーロッパ共同体)の創設加盟国が1968年に署名した「民事及び商事に関する裁判管轄及び判決の執行に関する条約」がある。しかし、これも条約締結国以外の国には当てはまらない。
また、国際間の紛争の解決を国際法に基づいて行おうとする国際裁判が、紛争当事国の合意に基づいて行われる場合には、国際裁判所に強制的管轄権がある。現在、常設の国際裁判所としてオランダのハーグに国際司法裁判所があるが、その強制的管轄権を承認している国は2007年3月時点で66か国である。
[編集部]
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新