金銭その他の代替物または有価証券の一定数量の給付を目的とする請求権について,債権者に簡易・迅速に債務名義を得させる特別の訴訟手続(民事訴訟法382条以下)。債権者が強制執行によって満足を受けるには債務名義を取得することが必要であるが,そのためには給付訴訟を提起して給付判決を得ることが原則的な民事訴訟の手続である。しかし金銭その他の請求について,債務者の給付がなされない原因をみてみると,請求権の存否について争いがあるためではなく,むしろ債務者の怠慢に帰すべき場合や,債務者に支払の意思がなかったり,支払うべき金銭の欠缺(けんけつ)あるいは不足に基づく場合が多い。このような,争いのないことが予測される請求について,通常の厳格な訴訟手続しか利用できないとすると,費用や時間がかかり合理的でない。そこで民事訴訟法は,はやまって執行しても取り返しのつかないような結果になることの少ない金銭の支払などの請求については,債権者に簡易・迅速に債務名義を得させるために,給付訴訟に代わる略式の手続として督促手続を規定した。しかし,債権者に簡易・迅速に債務名義を得させるといっても,債権者の請求を正当とせず請求権の存否を争う債務者に対しては,通常手続で審判を受ける手続保障がなければならないのは当然である。債務者の異議権の保障は,督促手続における不可欠の要素である。債務者は異議を提起することによって通常訴訟で争うことができる。なお督促手続の利用は債権者の任意であって,必ずこれによらなければならないわけではなく,通常の訴訟を提起してもよい。
管轄裁判所は債務者の普通裁判籍所在地の簡易裁判所が原則であるが,このほかに,事務所・営業所の所在地,手形・小切手金請求については支払地の簡易裁判所も競合的に専属的管轄権を有する裁判所である(民事訴訟法383条)。
督促手続は,裁判所書記官に対する,債権者の支払督促の申立てによって開始される。貼付すべき印紙の額は訴え提起の場合の半額で足りる(民事訴訟費用等に関する法律3条1項,別表1)。申立てに対しては裁判所書記官は債務者を審尋しないで支払督促を発する(民事訴訟法386条1項)。申立てが管轄違いなどで不適法である場合や,請求が明らかに理由がない場合には,申立てを却下する。申立ての一部が不適法であれば一部を却下する。却下の処分に対する異議申立ては1週間以内に行わなければならず,その申立てについての裁判に対する不服申立てはできない(385条)。要件を具備したうえであらためて支払督促の申立てをしなおすこともできるし,訴訟の方法によることもできるからである。債権者の申立てが適法であり,かつ,請求に理由があるとみえるときは,裁判所書記官は〈支払督促〉を発し,当事者双方に送達する。支払督促には,給付命令のほか,2週間内に督促異議の申立てをしないと債権者の申立てにより仮執行宣言が付される旨の警告が記載される(387条)。債務者が,支払督促の送達の日から2週間内に督促異議の申立てをした場合はもちろん,仮執行宣言が付与されるまでに督促異議の申立てをすれば,支払督促は督促異議の範囲で効力を失い(390条),通常の訴訟手続に移行する(395条)。これは,督促手続では,債務者を審尋しないで支払督促を発するのであるから,債務者に対し請求について口頭弁論期日において争う機会を保障する趣旨である。督促異議は理由を付さなくてもよいが,不適法であれば却下される(394条)。適法な督促異議があれば,訴額に従い,支払督促の申立てのときにその支払督促を発した簡易裁判所書記官またはその簡易裁判所を管轄する地方裁判所に訴えが提起されたものとみなされる(395条)。債務者が,支払督促の送達の日から2週間内に督促異議の申立てをしなければ,債権者は仮執行宣言の申立てをすることができる(391条1項)。これをしないで30日を経過すると支払督促は失効する(392条)。
仮執行宣言の申立てが適法になされ,債務者から督促異議の申立てがなければ,裁判所書記官は支払督促に手続の費用額を付記した仮執行宣言付支払督促を付与して,それを当事者双方に送達する(391条1,2項)。債権者はこれに基づいて債務者に対し強制執行をすることができる(民事執行法22条4号)。当事者の承継がないかぎり,執行文の付与は必要でない(25条但書)。
債務者は,仮執行宣言後でも督促異議の申立てができるが,仮執行宣言付支払督促の送達後2週間の不変期間内にしなければならない(民事訴訟法393条)。この期間を経過すると支払督促は確定判決と同一の効力を生ずる(396条)。
ところで,最近の督促手続の利用の動向をみてみると,督促事件数は著しい増加の傾向にあり,1996年度の司法統計によれば56万7172件に達している(1982年度は,47万7236件)。そのうちの大部分は,近時における消費者信用取引の拡大に対応して,消費者信用企業(信販会社,割賦販売会社,金融会社など)が消費者に対する債権回収のために利用するものである。今後さらに事件数の増大が予測されるだけに,裁判所が限られた人員と非能率的な手作業によってどこまでこうした事務量の増大に対応しうるかは問題であろう。従来,一般に裁判は機械化になじまないと考えられてきたが,ドイツやオーストリアでは大量の督促事件を処理するためにコンピューターの導入が始まっている。
執筆者:五十部 豊久
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
金銭その他の代替物または有価証券の一定数量の給付を目的とする請求権について、債務者に異議のないことを条件として、債権者に簡易・迅速に債務名義を得させる特別手続(民事訴訟法382条以下)。強制執行をするのに必要とされる債務名義(民事執行法22条)を、債務者が自己の債務を争わないことを前提にして、通常の訴訟手続によらないで債権者に得させようとする手続である(たとえば、貸金債権の返還、月賦で購入した商品の代金債権の支払いなど)。督促手続によることができるのは、
(1)請求が金銭その他の代替物または有価証券の一定数量の給付を目的とすること
(2)債務者に対して日本国内で公示送達によらないで送達のできる場合であること
の要件を満たす場合でなければならない。(1)は、簡易に強制執行を可能にするのであるから、もしも請求権のないことが後で判明した場合に原状回復が可能なものでなければならないとの趣旨に基づくものであり、(2)は、債務者が異議の申立てをする機会を実質的に保障するためである。
督促手続は、債権者の「支払督促の申立て」により開始する。この申立ては、債務者の住所地・事務所や営業所の所在地の、あるいは手形・小切手の支払地の簡易裁判所の裁判所書記官に対して行う。最高裁判所規則で、コンピュータによる電子情報処理組織を用いて督促手続を取り扱う裁判所として定められている簡易裁判所(2010年時点では、東京簡易裁判所と大阪簡易裁判所)の裁判所書記官に対しては、別に最高裁判所規則で定める簡易裁判所(東京地方裁判所・大阪地方裁判所管内の簡易裁判所)に申し立てることができる事件についても、電子情報処理組織を用いて取り扱う支払督促の申立てをすることができる。裁判所書記官は、管轄違い、先の(1)(2)の要件の欠けていること、債権者の要求そのものからして根拠のないこと(たとえば、金を返せといいながら、消滅時効の成立を認めているなど)の明らかな場合には、申立てを却下する。申立てが適法であり、申立ての趣旨からすると理由がある場合には、債務者を審尋しないで、請求権が本当に存在するか否かの審理をしないで支払督促を発し、当事者双方に送達する。支払督促には、支払督促送達の日から2週間以内に債務者が督促異議の申立てをしないときは、債権者の申立てにより仮執行宣言を付する旨付記する。2週間内に異議の申立てがあると支払督促は失効し、その目的の価額に従い(事物管轄)、事件は通常の訴訟手続へ移行する。電子情報処理組織を用いてなされた支払督促に対する異議の申立てがあると、その目的の価額に従い、通常の督促手続で督促異議の申立てがあった場合と同じように扱われる。2週間内に債務者の異議がないと、債権者は仮執行宣言の申立てができ、これがあると裁判所書記官は債務者の異議がない限り支払督促に仮執行宣言を付する。この仮執行宣言付き支払督促は債務名義になり(民事執行法22条4号)、これに基づき強制執行ができる。仮執行宣言の申立てができるようになって30日内にその申立てをしないと、支払督促は失効するが、この場合は訴訟へ移行しない。仮執行宣言付き支払督促も当事者に送達されるが、その送達後2週間内に債務者の異議の申立てがないと督促手続は終了し、支払督促は確定判決と同一の効力をもつことになる(民事訴訟法396条)。異議の申立てがあると、事件は訴訟手続へ移行する。債務者の異議の申立てに理由はいらない。また、異議により訴訟へ移行する場合、支払督促の申立ての時点において訴えの提起があったものとして扱われる。
[本間義信]
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