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西川鯉三郎(初代) にしかわ こいさぶろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

西川鯉三郎(初代) にしかわ-こいさぶろう

1825*-1899 江戸後期-明治時代の日本舞踊家。
文政7年11月30日生まれ。4代西川扇蔵に入門,西川仁蔵を名のり,のち鯉三郎とあらためる。天保(てんぽう)12年江戸から名古屋にうつり,篠塚流,坂東流に能,狂言をとりいれて名古屋西川流を確立,名古屋舞踊界に大勢力をきずいた。明治32年2月25日死去。76歳。江戸出身。本名は岸田仁蔵。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

西川鯉三郎(初代)

没年:明治32.2.25(1899)
生年:文政7.11.30(1825.1.18)
幕末明治期に芸所名古屋で舞踊を発展させた名古屋西川流流祖。前名西川仁蔵。和光と号した。元阿波(徳島県)の藍玉商岸田久兵衛の子。幼くして4代目西川扇蔵の門弟となり,一時歌舞伎俳優を兼ねるが,のち舞踊に専念。18歳のとき父と共に名古屋へ移り,京舞篠塚流の篠塚力寿と結婚。地盤を広げる傍ら,京舞と能楽を摂取した独自の芸風を案出した。秘伝書と共に名取に授与した舞踊譜『妓楽踏舞譜』は実践的に整理された内容で,名古屋の劇場を独占した振付師としての技量がよく分かる。初代没後長い家元空白時代を経て,歌舞伎俳優尾上志げるが昭和15(1940)年,2代目を襲名。2代目没後,鯉三郎の名跡は途絶えている。

(丸茂祐佳)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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