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日本道徳論 にほんどうとくろん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日本道徳論
にほんどうとくろん

西村茂樹の著。 1887年刊。国家の根本は制度,法津よりも国民の道徳観念にあるとし,儒教西洋哲学の長所を加えたものを日本国民全体の共通の道徳基準とすべきであると説き,キリスト教と仏教とを「世外教」として排斥している。

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世界大百科事典 第2版の解説

にほんどうとくろん【日本道徳論】

明治中期の国家主義思想の書。西村茂樹著。1887年刊。西欧心酔の風潮に反対して儒教道徳の興起をはかり日本講道会(前身は東京修身学社。のちに日本弘道会改称)を設立した西村が,1886年12月11日,17日,26日の3日間にわたり,東京神田一ッ橋外の帝国大学講堂で朝野名士を集めて講演した〈日本道徳論〉を,翌年4月に出版したもので,92年1月まで改訂3版を出した。全5段より成り,国民の品質をつくるに必要な徳目として勤勉・節倹・剛毅・忍耐・信義進取愛国心・天皇奉戴の8条をあげ,法や制度のみに基づくことのない国民像の指針を提示した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日本道徳論
にほんどうとくろん

明治の道徳運動家泊翁(はくおう)西村茂樹の主著。『西村茂樹全集』第1巻、『泊翁叢書(そうしょ)』第1編、岩波文庫などに収める。1886年(明治19)12月、泊翁は3日間東京・一ツ橋外の大学講義室に公衆を集めて演説し、人心を戒めた。翌87年春、演説の草稿を印行して『日本道徳論』と名づけ、大臣以下諸知人に贈与した。文部大臣森有礼(ありのり)はこれを読んで大いに賛成したが、総理大臣伊藤博文(ひろぶみ)は新政を誹謗(ひぼう)するものとして怒り、文部大臣を詰責(きっせき)した。森は秘書官をして新政に害あると思われる条々を摘出せしめ、泊翁に改刪(かいさん)を求めた。泊翁はむしろ絶版とするほうを選んだが、偽板をつくって売る者がいたので、篇(へん)中の文字を改めて公刊した。これが『日本道徳論』第2版である。しかし、前述の全集、叢書、文庫はすべて第1版によっている。「皇室の尊栄を増し国民の幸福を長ぜんことは、道徳を棄(す)てゝは他に求むべき者なかるべし」という信念から説かれた国民道徳論である。[古川哲史]

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