観世左近(読み)かんぜ さこん

美術人名辞典の解説

観世左近

能楽師・観世流シテ方・観世流二十四世家元。京都生。前名は清久・元滋。昭和14年(1939)歿、45才。

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デジタル大辞泉の解説

かんぜ‐さこん〔クワンゼ‐〕【観世左近】

能楽のシテ方観世流宗家の代々の名。7世元忠より24世元滋(もとしげ)までのうち、10人が名のる。特に元滋は、その容貌(ようぼう)・美声で人気を博し、明治・大正・昭和の同流隆盛をもたらした。

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百科事典マイペディアの解説

観世左近【かんぜさこん】

能楽師。シテ方観世流宗家の通り名。24世〔1895-1939〕は幼名清久,前名元滋(もとしげ)。伯父23世清廉(きよかど)の養子。1911年宗家を継承。政治的手腕と流麗な芸風で大いに観世の流勢を伸ばした。25世〔1930-1990〕は前名元正。22世清孝の曾孫で24世の養子。
→関連項目観世華雪

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

観世左近 かんぜ-さこん

1895-1939 明治-昭和時代前期の能楽師シテ方。
明治28年12月18日生まれ。観世元義(片山九郎三郎)の長男。伯父の宗家23代観世清廉(きよかど)の養嗣子となり,明治44年清廉没後,宗家24代をつぐ。のち元滋(もとしげ)を名のり,昭和2年左近を襲名。華麗で品格ある芸で知られた。観世の流内を統一し,流勢を拡大する一方,能楽・謡曲の普及につくす。東京音楽学校(現東京芸大)教授。昭和14年3月21日死去。45歳。京都出身。本名は清久。号は光雪。

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大辞林 第三版の解説

かんぜさこん【観世左近】

能役者。シテ方観世流家元の通り名。二四世宗家元滋もとしげまで一〇人が名のる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

観世左近
かんぜさこん

[生]1895.12.2. 京都
[没]1939.3.21. 東京
能楽シテ方。観世流。本名清久。観世流 22世宗家清孝の3男片山寿 (観世元義) の長男として生れる。5歳のとき,『花筐』の子方で初舞台。 1907年,伯父 23世宗家清廉の養子となり,11年 24世宗家となる。 13年元滋を名のり,27年左近を襲名。東京音楽学校の教壇に立ち,また大正改版謡本,大成版謡本を制定し,能楽師協会を創設した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

観世左近
かんぜさこん
(1895―1939)

能のシテ方、観世流24世宗家。22世宗家清孝(きよたか)の三男観世元義(もとよし)(片山九郎三郎)の長男。京都生まれ。幼名清久。伯父の23世観世清廉(きよかど)の養子に入り、1911年(明治44)宗家を継ぐ。のち元滋(もとしげ)と名のり、1927年(昭和2)左近を襲名。華麗な芸風と見識ある政治的手腕をもって、観世流をさらに大きく進展させた。東京音楽学校の教授も務め、著書に『能楽随想』がある。宗家25世元正(もとまさ)(1930―1990)は左近の養子で、左近の叔父の子藤田等の息。端麗な芸風。『砧(きぬた)』を舞った後に急死。元正の長男の清和(きよかず)(1959― )はその後継者。平成を代表する演者。闊達(かったつ)な芸風の観世元昭(もとあき)(1937―1993)は左近の実子。京都観世流の統率者片山家の先代片山博通(ひろみち)(1907―1963)は左近の弟で、京舞の4世井上八千代はその妻。子に片山博太郎(芸術院会員、1930― )、慶次郎(1933― )、杉浦元三郎(1934―2014)がいる。なお、左近は観世宗家の通り名で、7世から11世、15、18、20、22、24世の10人が名のっている。[増田正造]

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精選版 日本国語大辞典の解説

かんぜ‐さこん【観世左近】

楽師。観世流シテ方。二四世宗家。二三代宗家、清廉の養子。本名、清久。京都出身。能楽界の重鎮として活躍し、東京音楽学校でも教えた。著「能楽随想」。明治二八~昭和一四年(一八九五‐一九三九

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世界大百科事典内の観世左近の言及

【観世流】より

…信光・長俊らは作能にも新境地を開いた。室町幕府が傾くと,7世観世左近元忠(観世宗節)は駿河の徳川家康の保護を受け,その孫の9世左近忠親(観世黒雪)も家康に仕えたので,江戸時代は四座一流(観世・金春・宝生・金剛4座と喜多流)の筆頭として流勢を誇り,幕末までその地位は揺るがなかった。その間,15世観世(左近)元章(もとあきら)は,1765年(明和2)謡曲文・演出のすべてにわたる大改革〈明和の改正〉を行ったことで名高い(ただしあまりに急激な改革のため没後は旧に復した)。…

※「観世左近」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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