最新 心理学事典 「言語の起源」の解説
げんごのきげん
言語の起源
origin of language
ホモ・エレクトスより後の時代の旧型ホモ・サピエンスのネアンデルタール人Neanderthalsは,ことばを話せたであろうか。ネアンデルタール人の脳重量は1500gであり,ホモ・サピエンスより重い。しかし,言語シンボルを操作する象徴機能を営む部位がある頭蓋骨の頭頂部はホモ・サピエンスほど膨らんではいないので,象徴機能はホモ・サピエンスより未成熟な段階に留まっていた(Bruner,E. et al.,2003)。人間は,2足歩行により,摂食器官や呼吸器官であった口は,音声を共鳴しやすい発語器官に進化した。摂食は発声運動により舌筋も進化した。声帯の位置も下降し咽頭が長くなり,弱い呼気でも大きな声を出すことが可能になった。ネアンデルタール人の声帯の位置は,現代人を1,乳児とチンパンジーを0とすると,0.7であり,咽頭が短い(Lewin,R.,1993)。これらを踏まえて,内田伸子(2005)は,ネアンデルタール人はホモ・サピエンスのように分節化したことばを話せなかったと推測している。
個体発生の過程では,身振りや発声は,最初は世界についてのモデルを構成するという任を負っている。周りのおとなが子どもの指さしや発声に気づき,それに応えているうちに,2次的に社会的伝達機能が加わるようになる(Tran Duc Thao,1979;やまだようこ,1987)。系統発生の過程においても,同様に,言語は認識の手段から交信の手段へ,すなわち言語は,初め外界についての心的モデルmental modelの構築という役割を担い,副次的な効果として社会的伝達機能をも担うようになったのであろう。
人間の身体は最も複雑で,大脳の進化も最高水準に達した種である。人間の新生児は,誕生時にはまったく未成熟であり,成人とかけ離れて無能力・無防備である。直立歩行は脳の拡大と人間の体の解剖学的構造の変化をもたらし,骨盤の形態は歩行に都合のよい構造に進化した。これに伴い胎児の通る女性の産道も縮小することになった。ポルトマンPortman,A.(1964)は,進化したために生じた矛盾を解消する戦略として,縮小した産道から頭の大きな胎児を安全に出産するには,胎児の頭があまり大きくなりすぎないうちに出産してしまう生理的早産physiologic premature birthという出産法を手に入れたのだろうという。未成熟な誕生時,運動機能も未熟であり,親の保護を必要とするから就巣性に近い。しかし,外界の刺激を情報として取り込み,反応する感覚機能の面では離巣性の特質をもっている。そこで,ポルトマンは人間を2次的就巣性secondary-non-maturityの種とよんだ。内田(1990,1999)は,生理的早産は進化の矛盾を解消する以上の意味をもつことになったと推測している。人間の子どもは,2次的就巣性という生物学的特殊性により,離巣性の動物が母胎という比較的一様な環境のもとでまだ発育を続けている時期に早々と母胎を抜け出してしまう。新生児は立つことも,餌を探すこともできない。新生児が生きていくためには,周りの人の手助けをより多く必要とすることになる。養育者も乳児の出すサインに即応しなくてはならない。ここに乳児と母親とのコミュニケーションの,ほかの種に見られぬ独特な必要性が生じ,養育者との関係を介してことばが習得されるようになったのであろう。 →言語発達 →初期言語
〔内田 伸子〕
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