言語学の一分野。方言地理学ともいう。同じ概念の言語表現について,その地理的変種を地図の上に描くことによって,変種間の歴史的変遷と変化の過程を,歴史的・地理的現実のなかの話者と関連づけながら推定する方法。ある地域における言語の歴史を研究するという意味で言語の歴史的研究法の一つである。〈音韻法則に例外なし〉とする19世紀の青年文法学派への批判の上に成立した。ドイツのウェンケルG.Wenker(1852-1911)に始まり,フランスのJ.ジリエロンによって確立した。これを象徴するのがジリエロンとその助手エドモンE.Edmont(1854-1926)との共著《フランス言語図巻Atlas linguistique de la France》35巻および補遺(1902-09,14,20)である。
言語地理学が明らかにしたことは,〈語にはそれぞれの歴史がある〉ということで,語(単語)ごとの境界線(等語線)を引くことはできても,言語の境界線は引けないということである。その後,主としてロマンス語地域でいくつもの言語地理学的調査が行われ,1932年にはアメリカでも調査が始められ,ジリエロンの考えは徐々に修正されつつある。すなわち,等語線がほぼ完全に一致する語群もあること,すなわち,音韻法則の無例外性を証明するような例もあることがわかった。どちらか一方の考えで割り切るのには言語の歴史現象はあまりにも複雑である。言語地理学が開発した概念に,〈語の放射〉(語は文化的中心地から放射され,辺境に古語が残りうる),〈語の旅行〉(語は地上をはうように伝播する),〈回帰〉(正しくないと考えられている語形を正しいと考えられるものに直すこと。しばしば直しすぎも起こる),〈語の治療〉(同音語などが生じて語の区別がつけにくくなるときに新しく区別の手段を施す)などがある。
日本では1903年に文部省国語調査委員会が音韻と口語法について全国調査をしたのが最初で,フランスの言語地理学に刺激されて企画されたものである。口語法の調査の結果である《口語法調査報告書・口語法分布図》(1906)によって,親不知(おやしらず)と浜名湖を結ぶ線で日本の方言が東西に分かれることがわかった。ついで,柳田国男はカタツムリの俚言(りげん)の地理的分布調査から方言周圏論を唱えて《蝸牛考(かぎゆうこう)》(1930)を著し,戦後になって国立国語研究所から《日本言語地図》6巻(1967-75)が刊行されて,日本の言語地理学の実質的基礎ができた。
→方言
執筆者:柴田 武
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ことばの地理的分布を言語地図によって研究する分野。〔1〕いろいろな言語が世界のどこで話されているか、〔2〕個々の言語現象が世界にどのように分布するか、を扱う分野をもさす。〔3〕方言の総体的な違いを問題にする方言区画論は、〔4〕の方言地理学と関心の向け方が違う。〔4〕一言語内の方言による違いを個々の現象ごとに考察する分野は「方言地理学」ともよばれ、盛んに研究されている。〔4〕の意味の言語地理学は、現在の地理的分布パターンを基に、過去の言語変化を推定するという特色をもち、歴史言語学の一分野とも位置づけられる。言語史を復原する手掛りは二つある。(1)相互に交流のない離れた地域に同じ現象(A)が分布するときには、現象(A)は古くは中間地域にもあって連続した分布をなし、後世、別の言い方(B)が発生したために分断された、と考えうる(
の(1))。(2)文化的中心地付近に分布するのは新しい言い方(B)で、辺境に分布するのは古い言い方(A)という一般傾向がある( の(2))。したがって、国土の両端に同じ言い方(A)があり、文化的中心地(京都)付近に別の言い方(B)があるというように、(A)(B)二つの条件に同時に合致するような場合( の(3))は、中央の言い方(B)が新しく広がった可能性が非常に大きい。これが「方言周圏論」である。言語地理学によって推定される変化は、相対年代だけである。過去の文献と突き合わせると、日本の方言差から得られる最古の段階は、せいぜい奈良時代をすこしさかのぼるくらいである。[井上史雄]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…特に,語彙変化などにそういうことが多い。単語などの地域的伝播の姿を解明しようとする分野が〈言語地理学〉と呼ばれる。手法としては,たとえばあることがらをあらわす単語をある地域の多くの地点において調査し,地図(〈言語地図〉)にその分布状況をあらわし,その姿からその地域にどのような変化がどう起こったかを推定するものである。…
…フランスの言語学者。言語地理学の創始者。スイス生まれ。…
※「言語地理学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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