認知的斉合性理論(読み)にんちてきせいごうせいりろん(英語表記)cognitive consistency theory

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

人々は、自らのもつ認知内容(自分や他人が知っていること、感じていること、やっていること、欲していること、さらには社会や自然界に生じていること、などについて自らがもつ認識内容)のいくつかが相互に無関係とは思えない場合には、それらの関係が斉合的である(つじつまがうまくあう)ようにしようとする傾向を有するという仮定を置いて、それに基づいて人々の社会的行動を説明しようとする理論のことである。[中村陽吉]

特徴

認知的斉合性を仮定する理論にはいくつかの種類があるが、それらが共通的にもつ特徴は、われわれの認知内容にうまくつじつまのあわないものがあると、認知内容のいずれかの部分を変化させたり新しい認知を付け加えたりして、斉合性を確保したり回復したりしようとする傾向があることを仮定している点である。たとえば、犬好きの男性が好意を抱いてつきあっていた女性もやはり犬好きであったことを知ると、その男性にとっては、自分が彼女に好意をもっているという認知内容と自分が犬好きだという認知内容とは、彼女もまた犬好きらしいという認知内容が加わることでうまくつじつまがあう。もちろん、普段は自分が犬好きであることと、彼女を愛していることとは、相互に無関係な認知内容なのだが、2人が結婚したら犬を飼いたいというような話になってくると、これらの認知内容は無関係とはいえなくなる。そして、もし、彼女はたいへんな犬嫌いだということがわかったりすると、自分は彼女を愛しているという認知と、自分は犬好きであるという認知と、そして彼女は犬嫌いであるという認知とはうまく斉合しない。そこで彼は、犬のかわいさのわからないような女性は好ましくないというように、自分が彼女に好意をもっているという認知を変えてしまうか、あるいは、確かに彼女が主張するように犬は臭いし、運動させるのもたいへんだろうというように、犬に対する自分の感情についての認知を変えたりすれば、いちおう彼の認知内容相互の関係は斉合性を回復しうる。われわれの社会的行動は、このような認知的斉合の生じやすい方向に、あるいは認知的不斉合の生じにくい方向に進むであろうし、もし認知的不斉合が生じてしまったら、それを斉合に向かわせるための行動が生起するであろうと予想するのである。[中村陽吉]

研究史と種類

認知的斉合にかかわる諸理論は、1950年代の後半から60年代の前半ごろにかけて相次いで単行本の形でまとめられ、多くの研究者を刺激したが、雑誌論文としては50年代前半から断片的に発表されていた。
 それらのなかで、純粋に認知の枠組みのなかだけで斉合的傾向を問題としたのは、対人関係、とくに他者への好嫌的態度や第三の存在(人でも、事物でも、生物でも、なにかのできごとでもよい)への態度などについての認知内容間の斉合性を論じた、アメリカで活躍した社会心理学者ハイダーFritz Heider(1896―1988)の認知的均衡理論cognitive balance theoryや、もっと一般的に、特定の対象についての認知(自分のこと、他人のこと、社会や自然界のできごとなど)と、これに関連した他の認知内容との不斉合について論じたアメリカの社会心理学者フェスティンガーの認知的不協和理論cognitive dissonance theoryなどが有名である。ハイダーの理論は、先にあげた恋人への好意と犬への好嫌の例で示したように、対人関係の問題に限定されたところで展開されたが、フェスティンガーの理論は、社会的態度や行動への適用が可能で、応用範囲が広く、1960年代の実験的社会心理学の研究は、認知的不協和理論の検討を中心に展開したものといっても過言ではない。たとえば、ヘビースモーカーの人は、たばこが肺癌(がん)の原因らしいというような新聞記事を読むことは、認知的不協和が増大するだけなので読むことを避けるとか、その記事への反論を探すとか、あるいは禁煙するとかで認知的協和cognitive consonanceを保とうとするという。このほかにも、認知面ばかりでなく、態度全般にかかわる斉合性理論もいくつかある。[中村陽吉]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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