認識人類学(読み)にんしきじんるいがく(その他表記)cognitive anthropology

改訂新版 世界大百科事典 「認識人類学」の意味・わかりやすい解説

認識人類学 (にんしきじんるいがく)
cognitive anthropology

認識人類学は,文化人類学の中の比較的新しい理論的潮流で,1950年代からアメリカを中心に盛んになってきた。個々民族がもつ分類や意味づけの体系焦点をあて,行動や出来事に対する解釈を方向づける〈固有のものの見方〉を明らかにしようとする。その方法上の特徴は〈内側の視点insider's view〉と〈民俗範疇folk category〉の重視という2点に要約される。

 1955年にコンクリンH.C.Conklinはミンドロ島フィリピン)のハヌノー・マンヤン族における植物の分類体系の研究を発表し,その翌年には,グディナフW.H.GoodenoughとラウンズベリーF.G.Lounsburyがそれぞれ独立に,親族名称を,親族関係者が系譜的に配列される意味の(言語の)体系としてとらえ,その内的構造を分析する研究を発表した。この時期が認識人類学の出発点と考えられている。69年にはタイラーS.A.Tylerが編集した《認識人類学Cognitive Anthropology》が出版され,以来,認識人類学の名称が定着した。研究対象の範囲は,当初の動植物など自然物の民俗分類から,さらに色,地勢人体,空間,時間,食物天体方位,霊的存在,儀礼,親族名称,呼称命名など,社会的,宗教的な存在・事象の民俗分類をも含んだものに拡大されてきた。

 民俗分類における論理形式として主要なものには,まず,差異化と包摂関係によって分類される意味配列の一形式としてのフォーク・タクソノミーfolk taxonomyがある。この場合の包摂関係とは,たとえば〈アカマツマツの一種〉のように,下位範疇が上位範疇に対して〈~の一種〉という関係をもつ。次に,差異化と包摂関係をもつが,この包摂関係はたとえば〈鼻は顔の一部〉のように,下位範疇が上位範疇に対して〈~の一部〉という関係をもつパルトノミーpartonomyがある。さらに,差異化による分類だが範疇の階層化が生じない(たとえば色彩分類)パラダイムparadigmなどがある。

 民俗分類folk classificationの語は,分類形式と分類対象の双方を指す幅広い用語であるが,このほか,枝分れ分類tree,検索表keyなど分類方法に関する概念,あるいは原意と拡大意,範疇の境界,標識中和,含意関係など,認識人類学は分類と意味づけに関する多くの概念を整備し,方法の精緻化を進めてきた。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「認識人類学」の意味・わかりやすい解説

認識人類学
にんしきじんるいがく
cognitive anthropology

個々の社会がもつ,事物や事象の分類とそれを意味づける体系を研究対象とする人類学の一分野。民俗分類学 folk-taxonomyとも呼ばれる。 1950~60年代にかけて,主としてアメリカで H.C.コンクリン,C.O.フレーク,A.F.ウォラス,D.H.ハイムズ,W.H.グッドイナフらによって確立された。動植物の分類研究 (民族動物学,民族植物学といい,まとめて民族科学 ethno-scienceともいう) に始って,親族名称や病気・霊魂に対する観念など,社会的・宗教的なものへと対象を広げている。研究対象に対し,主観的な内側からの視点をとるのが特徴で,それまで必ずしも明確でなかった,研究者による解釈との区別が厳密になされるようになり,分類の論理的精密化が進んだ。さらに分類体系の変化や実際の行動との関連性も研究テーマとなっている。

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世界大百科事典(旧版)内の認識人類学の言及

【文化人類学】より

…それにもかかわらず,この方法が,民族誌資料の収集のうえで,従来の方法を補強する有効な手段として大きな価値をもつことは否定できぬであろう。以上二つの立場は認識人類学cognitive anthropologyの名で総称される。 認識のプロセスを扱ういま一つの立場は,フランスのC.レビ・ストロースに代表される構造主義structuralismeである。…

【文化】より

…言い換えると,文化を〈物的現象,事物,できごと,行動,感情を知覚し,秩序づける固有の体系〉と見る。こういう見方はエスノサイエンスethnoscience,認識人類学などといわれる研究分野を発展させた。この立場の人々は,生物学や自然環境の要因よりも人間の精神活動を重視し,現象を秩序づける〈文化の文法〉の発見に努める。…

【文化人類学】より

…この点はほとんど社会構造の分析にのみ集中したイギリス社会人類学との大きな違いであるが,現在の文化に主たる関心を寄せ,文化の諸部分を全体の脈絡の中で理解しようとする立場は,文化を断片化して扱った前代の民族学との決定的相違であった。
[認識人類学から構造主義へ]
 文化人類学の次の転機は1960年代に訪れる。その兆しはすでに50年代に認められるが,60年代以降急速に文化人類学の新しい主流が形成をみるのである。…

※「認識人類学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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