谷行(読み)タニコウ

デジタル大辞泉 「谷行」の意味・読み・例文・類語

たにこう【谷行】[謡曲]

謡曲四番目五番目物山伏そつ阿闍梨あじゃり一行とともに峰入りした松若は、途中風邪にかかって谷行に処せられるが、山伏たちの祈祷きとうにより伎楽鬼神が現れて蘇生させる。

たに‐こう〔‐カウ〕【谷行】

修験者峰入りのとき、同行者の中に生じた病人を、おきてによって谷間へ突き落として行ったこと。
[補説]曲名別項。→谷行

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精選版 日本国語大辞典 「谷行」の意味・読み・例文・類語

たに‐こう‥カウ【谷行】

  1. [ 1 ] 修験者が峰入りの時、同行の者に病人があれば、掟(おきて)によって谷に突き落として行くこと。
    1. [初出の実例]「此の道に出でてかやうに違例する者をば、谷行とて忽ち命を失ふ事、これ昔よりの大法なり」(出典:大観本謡曲・谷行(1546頃))
  2. [ 2 ] 謡曲。五番目物。各流。作者不詳。京都今熊野の山伏の帥阿闍梨が峰入りするにあたり、弟子の松若は母の現世安穏のために同行を願い許される。しかしその途中で風邪にかかり、山伏の規則によって谷行の大法に処せられる。嘆く阿闍梨に同情した山伏たちが祈祷すると、伎楽鬼神が現われ谷底の松若を生きかえらせる。

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改訂新版 世界大百科事典 「谷行」の意味・わかりやすい解説

谷行 (たにこう)

能の曲名。四・五番目物。作者不明。前ジテ宝生流ではツレ)は松若の母。後ジテは伎楽鬼神(ぎがくきじん)。都,東山の山伏(ワキ)が弟子の松若という少年(子方)の家を尋ねると,松若は,母(前ジテまたはツレ)の病気平癒を祈るため,師の山伏一行の峰入りに加わりたいと願い,母の見送りを受けて家を出る。葛城かつらぎ)山の山室で松若は病気になる。修行の途中で重病になった者は,谷行といって,谷へ投げ落として命を絶つのが山伏の法である。小先達(こせんだち)(ワキヅレ)はじめ,山伏一同からそのことを求められ,師匠が松若に大法の由を説き聞かせると,松若は納得して別れを惜しむ。師匠も嘆きにうち沈むが,一同は涙をふり払って谷行を行う(〈クセ〉)。夜が明けて出発の時刻となるが,師匠の悲しみは尽きないので,一同はその心情に打たれ,蘇生の祈りをすると,役行者(えんのぎようじや)(ツレ)が現れ,伎楽鬼神(後ジテ)を呼び出して松若を助け出し,師匠に与える(〈中ノリ地〉)。

 観世流では役行者を出さずに後ジテの出にすぐつなぐ。ワキを主人公とする能なので上演の機会が少ないが,ドイツの劇作家ブレヒト脚本の歌劇《ヤーザーガー(“はい”という人)》の原典として知られる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「谷行」の意味・わかりやすい解説

谷行
たにこう

能の曲目。四、五番目物。五流現行曲。作者は金春禅竹(こんぱるぜんちく)とも。母(前シテ)を説得した松若(子方)は、師匠の帥(そつ)の阿闍梨(あじゃり)(ワキ)に従って峰入り修行に参加する。病気になった少年は山伏の定め「谷行」に従って谷底へ投げ込まれ、殺されてしまう。わが身も同じにと嘆く阿闍梨に山伏たち(ワキツレ)は同情し、松若の蘇生(そせい)を役行者(えんのぎょうじゃ)に祈る。すると伎楽(ぎがく)鬼神(後シテ)が現れて、松若を掘り返して生き返らせる。師弟愛を軸にした奇跡劇であり、ワキの重い習いの能である。役行者を舞台に出す演出もある。ドイツの劇作家ブレヒトにこの能にヒントを得た作品がある。

[増田正造]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「谷行」の意味・わかりやすい解説

谷行
たにこう

能の曲名。五番目物。作者未詳。少年松若 (子方) は,母の病気平癒を祈るため,師匠の阿闍梨 (ワキ) 一行の峰入り修行に加わり,母 (前シテ) の見送りを受けて出発する (中入り) が,葛城山で病気になる。山伏たち (ワキツレ) から谷行 (峰入りの途次発病した者を谷へ落し生埋めにする修験道の掟) の実行を迫られ,師匠もやむなく同意し,谷行が行われる。夜が明けて出発の時刻となるが,師匠は悲しみに沈み,自分も谷行に処してくれと言う。同情した山伏たちが蘇生の祈りをすると,役行者 (ツレ) が現れ,伎楽鬼神 (後シテ) を呼出して松若を助け出す。ワキが主役格となり,ワキツレも多数出演するため,上演の機会が少い。ドイツの劇作家 B.ブレヒトの教育劇『イエスマン』『ノーマン』はこの能の翻案である。

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