象牙彫(読み)ゾウゲボリ(英語表記)ivory carving
Elfenbeinschnitzerei[ドイツ]

デジタル大辞泉 「象牙彫」の意味・読み・例文・類語

ぞうげ‐ぼり〔ザウゲ‐〕【象牙彫(り)】

象牙を材料として彫刻したもの。牙彫げぼり。

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精選版 日本国語大辞典 「象牙彫」の意味・読み・例文・類語

ぞうげ‐ぼりザウゲ‥【象牙彫】

  1. 〘 名詞 〙 象牙を彫って作った美術品。小彫像・浮彫・工芸品など。象牙の彫刻。牙彫(げちょう)
    1. [初出の実例]「象牙彫(ザウゲボリ)の根付で留め」(出典:江戸から東京へ(1921)〈矢田挿雲〉六上)

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改訂新版 世界大百科事典 「象牙彫」の意味・わかりやすい解説

象牙彫 (ぞうげぼり)
ivory carving
Elfenbeinschnitzerei[ドイツ]

象やマンモスの牙で制作された彫刻。ときには他の動物の骨や角が用いられることもある。象牙は,耐久性があり細工しやすく,洗練された気品のあるその素材ゆえに,多くの地域,時代において,小容器,浮彫板,小彫刻などに用いられた。

先史時代以来,マンモスの牙の表面に狩りの場面を刻んだり,豊穣の願いをこめて彫られた象牙女性像が制作された(〈レスピューグビーナス像〉,サン・ジェルマン・アン・レー美術館)。古代エジプトでは,豪華な家具や装身具などに象牙が用いられ,おそらくエジプトの影響下に古代フェニキアでは,シリア,小アジア,アフリカからもたらされた象牙を用いた完成度の高い象牙彫が生み出された(〈ニムルドの家具の断片〉,大英博物館)。古代ギリシアでも,家具や装身具に象牙を用い,同様に巨大な神々の像も象牙で制作された(フェイディアスアテナ・パルテノス》など)。それは芯の木を金や象牙板で覆うものであった。オリエントとギリシアの技法は,ローマに受け継がれた。古代ローマ人の間で象牙彫は流行し,珍重され,彼らは,後に一般的となる小神像,神話場面を刻んだ象牙板,小箱などの製造の伝統をかたちづくった。

 ローマがキリスト教化されて以来,象牙彫は多く崇拝のための物品として作られ,キリスト教徒たちは,この優雅で気品のある工芸を発展させ,聖体器,宗教的主題の象牙板,聖書場面の刻まれた小箱,多くの象牙板で飾られた家具などを製作した。ビザンティンでは,4世紀から6世紀にいたる,象牙彫の第1の黄金時代に,世俗的主題をあつかった象牙浮彫や執政官用二連象牙板がコンスタンティノープルの工房で制作され,他方宗教的題材の象牙彫はアレクサンドリアアンティオキアで多く作られた(ラベンナの〈マクシミアヌス司教座〉)。第2の黄金期は10世紀から12世紀にいたる時期で,〈アルバビル家の三連板〉(ルーブル美術館),〈ロマノス1世の象牙板〉(パリ,ビブリオテーク・ナシヨナル)のような洗練された古典的様式を示す作品が,コンスタンティノープルを中心とする工房で制作された。

 西欧中世では,カロリング朝時代に全盛期を迎え,二連板や典礼用小容器のみでなく,聖書本の表装としても象牙彫が用いられた。後者では,〈禿頭王シャルルの聖書本〉(パリ,ビブリオテーク・ナシヨナル),〈ロルシュ福音書〉(ビクトリア・アンド・アルバート美術館)などを生んだ。これらは古典様式の影響を受けており,制作の中心地は,フランス北部,ロレーヌ地方,ライン川流域であった。オットー朝治下では,象牙彫はカロリング朝時代ほど重要でなくなり,浮彫は浅く線画的になった。11~12世紀ロマネスク美術においては,細かな技術を要する象牙彫は修道院の工房でしか制作されなかった。象牙彫の伝統が保持されたのはケルンを中心とするドイツ諸地方で,イギリス,イタリア,スペインにも伝播し,そこにはビザンティンやイスラムの美術の影響がみられる(レオンの〈サン・イシドロ十字架〉)。フランスでは,おそらく材料不足のため,ロマネスク時代には司教杖のようなわずかのものしか制作されなかった。しかし,13世紀ゴシック美術の到来とともに,パリを中心とする工房で制作が盛んになり,黄金期を築いた。ゴシック時代の象牙小彫刻には,同時代の教会堂を飾る大彫刻と写本画の影響が認められる。パリの象牙彫は13世紀末から14世紀にかけ大彫刻と真に対抗しうるほどになり,〈受胎告知〉〈十字架降下〉〈聖母戴冠〉(ルーブル美術館)をはじめ多くの優雅な聖母子が制作された。14世紀には,より技巧的な聖母像や聖母伝を表現した三連板などが作られ,14世紀末から15世紀には写実的様式の導入を見るが,パリの工房は衰退していく。ゴシック時代の象牙彫の種類は多く,変化に富んでいた。宗教関係では聖職者用に制作された小彫刻,聖遺物箱,小型祭壇,司教杖,聖書本装丁板などがあり,世俗的用途のものには鏡入れ容器,宝石箱,櫛,小刀の柄などがある。とくに世俗的主題には無限の変化があり,当時の日常生活や風俗をよく伝える。

 15世紀以降はフランドル,ドイツ,イタリアなどが制作の中心地になる。この時期には凡庸な作品が多い。17世紀バロック美術とともに象牙彫は復活し,才能にみちた彫刻家たちはフランドルで多く象牙彫を制作し(デュケノア,ファン・オプスタルら),イタリア,フランスにまで呼ばれた。18,19世紀と象牙彫は制作され続けるが,象牙という素材のもっている特質は,急速に失われていった。

 なお,イスラムの象牙彫については,〈イスラム美術〉の項を参照されたい。
執筆者:

象牙彫はインドやタイなどの象牙を用いて古くから発達し,今日においても特産品として有名であるが,中国における古い遺品としては殷墟(いんきよ)から発掘されたものがあり,また《周礼》のなかに帝王は玉笏(ぎよくしやく)を,諸侯は象牙笏を,士大夫は木笏を用いるとあることからも,象牙は古くから愛用されていたことが知られる。ことに殷墟発掘のものなどは,三代(夏,殷,周)の銅器を思わせる精巧な文様を彫刻したもので注目に値する。六朝時代から隋・唐の時代になると,南方との交通が盛んになり象牙の輸入されるものも多く,象牙彫はいっそう盛んになり,上流階級の調度品の装飾に愛用されるに至った。

 この中国の象牙彫技法が奈良時代(8世紀)に日本へ伝えられたことは,今日正倉院の遺品によって知ることができる。象牙の原材が収蔵されていることは製品を輸入しただけでなく,日本でも原材を求めてそれに加工したことが知られる。その象牙彫の遺品としては笏や,櫛に製したもの,筆管の装飾に用いたものなどがあるが,注目すべき技法を示すものとしては,紅牙撥鏤(こうげばちる),あるいは緑牙撥鏤と称し,紅あるいは緑に染めた象牙に細密彫刻を施したもので(撥鏤),尺および撥にこの種の遺品がある。またこの時代盛んに行われた木画と称する象篏(ぞうがん)の,細い界線の部分にも象牙が用いられた。

 平安時代になると象牙の輸入されたものが枯渇し,象牙彫は中絶するに至ったが,安土桃山時代から江戸時代にかけて南方や中国との交通が盛んになると,その影響を受けてふたたび復活した。牙彫(げちよう)と呼ばれて親しまれ,ことに細密彫刻を求めた根付の材料に象牙を用いたことは,日本における象牙彫を発達せしめる誘因となった。江戸時代末日本へ渡来した外人たちは好んでこの象牙彫の根付をみやげとして買って帰ったために,維新後になると美術界の不況を救うために輸出向けの象牙彫が盛んとなり,細密な彫技を競うばかりでなく,しだいに大作に向かい象牙1本を刻出したものや,多くの象牙をはぎ合わせたものも作るようになり,1887年前後の彫刻界は象牙彫に支配された観があった。しかしこの大作に向かったことと外人趣味に迎合して奇を求めたことは,象牙彫を卑俗化せしめまた衰退せしめることとなった。江戸時代の名工としては吉村周山(18世紀),明治時代の名工としては石川光明,旭玉山(1843-1923)などがある。これらの象牙彫に伴いサイの角,シカの角,ウシの骨などを材料とした彫刻も行われたが,それらは材質も劣り作技にも優秀なものをみない。
象牙
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百科事典マイペディア 「象牙彫」の意味・わかりやすい解説

象牙彫【ぞうげぼり】

象牙を用いた彫刻,工芸の総称。色が美しく,きめが細かくて入念な細工ができるので古くから行われた。古代オリエント,ギリシア,ローマ,さらにカロリング朝,オットー朝時代になって写本の装丁板,聖器等の祭具に利用され隆盛。ゴシック期には聖母子の小彫像等も盛んに作られ,ゴシック工芸の重要な一部分を形成した。日本には中国の技法が奈良時代に輸入されたが,のちとだえ,江戸末期になってから根付に利用,明治初期にかけて牙彫(げちょう)と呼ばれて盛行した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「象牙彫」の意味・わかりやすい解説

象牙彫
ぞうげぼり
ivory carving

象牙に彫刻を施す技術またはその作品。旧石器時代から始り,古代エジプト,メソポタミアで盛行した。その流れはエーゲ文明やギリシア・ローマ文明にも受継がれてヨーロッパ中世のゴシック象牙細工として開花し,聖堂内の小像,小箱,祭壇飾りなどに多く使われた。ことにバロック時代に入ると,その強い装飾性と豪華な点が時代の風潮に合致したため隆盛し,多くの象牙彫作家を生み出したが近代工芸の始りとともに衰退した。

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事典 日本の地域ブランド・名産品 「象牙彫」の解説

象牙彫[装飾・装身]
ぞうげぼり

関東地方、千葉県の地域ブランド。
松戸市で製作されている。江戸時代、象牙彫は根付として珍重され発達した。根付とは、印籠などの紐を帯に挟むとき、落ちないように紐の端につける留め具。現在では、根付をはじめ、茶器や装身具などもつくられている。千葉県伝統的工芸品。

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世界大百科事典(旧版)内の象牙彫の言及

【ビザンティン美術】より

…しかし材料の性質上,今日まで保存されているものは後期のものが多い。 以上に対して小彫刻ともいうべき象牙彫は,ビザンティン各期を通じて注目すべき発達をとげ,宗教図像(キリスト,聖母,聖人など)が盛んにあらわされ,また世俗的図像も見られる。これらは初期においていわゆる〈執政官のディプテュコン〉として多く用いられた。…

※「象牙彫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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