印籠(いんろう),巾着(きんちやく),煙草入れなど江戸時代に男性が好んで用いた提物(さげもの),袋物の類を,腰からずり落ちぬよう帯に挟んで佩用するための留め具。したがって紐に通すのが必定であり,そのための穴をうがっている。根付の起源については明らかでないが,一般化するのは武士たちが印籠(薬入れ)や燧袋(ひうちぶくろ)を常用するようになった室町時代末期ころからであろうとされている。しかし当時佩用した印籠が実用本位のきわめて素朴なものであったことを勘案すれば,それと一具をなすことが多い根付の類も,後世にみられるようなさまざまな細工を施したものでなく,おそらくは動物の牙角,貝殻,玉石,瓢簞といった自然物を,そのまま利用する程度の簡単なものであったと思われる。
根付が小工芸品として注目され体裁を整えてくるのは,江戸時代の17世紀後半ころからで,文献にみえるのは1671年(寛文11)の自序を記す《宝蔵(たからぐら)》に〈……ねつけのばへをみるに,そとのたけ纔に二寸半ばかりにて,うちをのぞめる時はいとおくぶかし……〉とあるのが初見である。このころにはすでに人々の興味をさそうような細工がなされていたことがわかる。84年(貞享1)刊の《雍州府志》が服器部・細物(こまもの)の項で,根付を〈凡巾着緒与印籠緒,聚其端末於一所,以銅象牙輪等物貫之,以是挿帯垂腰間,是謂根著,著其本根之義也〉と定義づけているのも,この時期に根付の用途・形式がある程度定まってきたことを示唆しているといえよう。事実,《歌舞伎図》(徳川黎明会)や《松浦屛風》(大和文華館)など江戸時代初期風俗画の中には,根付を帯びたり根付を手にした人物が描かれていて,その流行のさまがしのばれる。また《誰ヶ袖図屛風》(根津美術館)には,《雍州府志》の〈銅象牙輪〉を思わせるような環状の根付もみられ,それが当時流行の形式であったことを物語っている。しかし,生活に身近な風俗,風物,諺,説話,故事などはいうにおよばず,花,鳥,風,月といった自然の森羅万象にも鋭い観察眼を示して広く題材を求め,しかもさまざまな素材・技法を用いて意匠を形づくるようになるのは,18世紀に入ってからである。根付が留め具としての機能性にとどまらず,佩飾品あるいは装身具として愛用されるようになったのである。
素材としてはヒノキ,ツゲのような本邦特産の木材や竹をはじめ,唐木細工に欠かせない南方産の黒檀,紫檀,白檀,また象牙や鹿,水牛などの角,多種の金属,陶磁,べっこう,サンゴ,メノウ,水晶などの玉石類,さらにはガラスなどが用いられる。素材の特性を生かし,木彫,牙彫,彫金,鋳金,象嵌,螺鈿(らでん),髹漆(きゆうしつ),蒔絵(まきえ),七宝(しつぽう)といった工芸技法が駆使された。形体も多岐に及ぶが,一般には(1)形彫(かたぼり)根付,(2)饅頭(まんじゆう)根付,(3)箱根付,(4)鏡蓋根付,(5)差(さし)根付,(6)その他,に大別される。(1)は人物,動物などの形象を写実的にとらえて意匠としたもので,素材から直接彫り出したものが多い。とりわけ伎楽面,舞楽面,能面,狂言面など,面をかたどった遺品は多く,これを一括して〈面根付〉とよぶ場合もある。(2)は円形扁平な形が饅頭に似ているところから名付けられたもの。帯にかけるという根付の用途にもっとも適した形式であるといえよう。目のつんだ木材や象牙を素材とした素文のものが普通であるが,蒔絵,象嵌などで表面に装飾を施したものもある。饅頭形のうち内部を空洞にし,透彫の手法で意匠をあらわしたものを特に〈柳左(りゆうさ)根付〉という。江戸の挽物師(ひきものし)柳左の考案になるとされるからである。(3)は方形の小箱状のもの。饅頭形の一種とみなすことができる。(4)は象牙のような牙角類でつくった円形皿状の台(身)に金属鏡を思わせる蓋をとりつけたもの。蓋表には種々の金工技法を用いて装飾を施すのが通例である。(5)は細長板状の形が物差に似ることに因む。帯の間に挿し込んで用いる。(6)は磁石や日時計を組み込んだもの,底面に印章を刻み実用とした〈印章根付〉などは,その珍しい事例である。
根付の特色を一口で言えば,小品ながらその多くが,材料を吟味し水準の高い技法を駆使して仕上げられたすぐれた工芸品であること。しかも人々の好尚を反映した万化で機知に富む意匠は,まさに江戸時代の世相の縮図ともいうべきものであり,これに関する記録の欠を補って価値の高い資料性を提示していることであろう。流行の最盛期は江戸時代後半であり,その製作には専門の根付師のほか絵師,蒔絵師,欄間師,挽物師,機関(からくり)師,面打,鋳物師など,さまざまな分野の職人があたった。それは根付が装身具としてのみならず,鑑賞,愛玩の対象としても珍重され,分業的な高度の技法が要求されたからであろう。なお1781年(天明1)刊行の《装剣奇賞》の〈根附工〉は50余人の根付師について,それぞれの持つ技術や得意な意匠,評判などを記している。明治維新以後,印籠などの提物や袋物の需要が減退するとともに,根付もしだいに衰微の一途をたどることになる。しかし一方ではその意匠のおもしろさが西洋人に注目され,佳品の多くが海外に流出した。根付の収集家が国内よりも外国に多いのはそのためである。根付の製作が明治以降も余命を保ち,優品が少なからず散見されるのも,一部の数寄者や外国人の根強い支持があったからにほかならない。
→印籠
執筆者:河田 貞
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腰にさげる提物(さげもの)の紐(ひも)の先端につけて帯にとめる小工芸品。帯車(おびぐるま)、帯挟(はさみ)、懸垂(けんすい)、墜子(ついし)ともいう。印籠(いんろう)、巾着(きんちゃく)、たばこ入れなどを腰にさげて携帯することは近世以降の流行であるが、提物を帯にとめるにあたって、根付に相当するものが初期の段階から用いられたかどうかは明らかではない。根付の前身とみられるものは金属製の細い環形で、これに帯を通し、提物を結んで垂れた。
発展過程から根付の形態、種類は掛落(から)根付、鏡蓋(かがみぶた)根付、饅頭(まんじゅう)根付、形彫(かたぼり)根付、仮面根付などに分けられ、そのほか柳左(りゅうさ)根付、差根付、唐彫(からぼり)根付、兼用根付、自然物を利用した根付などがある。材料には象牙(ぞうげ)と木材がもっとも多く用いられ、動物の牙(きば)、爪(つめ)、骨などのほかに、金属や陶器も利用され、工芸の各種技法が駆使されている。意匠は神仙、怪奇、故事、風俗、動植物、その他多種多様であり、奇抜な仕掛けをした絡繰(からくり)根付もある。
根付師としては、吉村周山(しゅうざん)、雲樹洞院幣丸(しゅめまる)、小笠原(おがさわら)一斎、三輪、根来(ねごろ)宗休、岷江(みんこう)、為隆(ためたか)、舟月、出目右満(うまん)、蘭亭(らんてい)、友親(ともちか)、法実(ほうじつ)、鴇楽民(ときらくみん)、光広、懐玉斎正次らが知られており、彫刻や工芸に携わる工人では石川光明(みつあき)、旭玉山(あさひぎょくざん)、森川杜園(とえん)、小川破笠(はりつ)、望月半山、柴田是真(ぜしん)、尾形乾山(けんざん)、三浦乾也、土屋安親(やすちか)らも根付を制作している。根付はヨーロッパやアメリカでとくに愛玩(あいがん)され、現在もその需要に応じて製作されている。
[荒川浩和]
『佐々木忠次郎著『日本の根付』(1979・東洋書院)』▽『荒川浩和編『日本の美術195 印籠と根付』(1982・至文堂)』▽『荒川浩和著『根付』(1983・日本象牙彫刻会)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…小紋,中形は染の量産化の情況に即したものだが,型紙を何十枚も使って,見えないぜいたくをこらしたものもなかにはある。都市の武士や町人が趣向を競った刀のつばや根付,印籠は泰平の世相がもたらした〈いき〉の美意識の反映であり,そこには金工,木竹牙角工,漆工,陶磁の各分野にわたる驚くべき細緻な技巧が見られる。それは,同時代の清の工芸の瑣末な技巧主義に影響されたものだが,そこに和漢のモティーフ,意匠が自在に組み合わされ,軽妙な機智とユーモアがこめられていることを日本的特性として評価すべきであろう。…
… 平安時代になると象牙の輸入されたものが枯渇し,象牙彫は中絶するに至ったが,安土桃山時代から江戸時代にかけて南方や中国との交通が盛んになると,その影響を受けてふたたび復活した。牙彫(げちよう)と呼ばれて親しまれ,ことに細密彫刻を求めた根付の材料に象牙を用いたことは,日本における象牙彫を発達せしめる誘因となった。江戸時代末日本へ渡来した外人たちは好んでこの象牙彫の根付をみやげとして買って帰ったために,維新後になると美術界の不況を救うために輸出向けの象牙彫が盛んとなり,細密な彫技を競うばかりでなく,しだいに大作に向かい象牙1本を刻出したものや,多くの象牙をはぎ合わせたものも作るようになり,1887年前後の彫刻界は象牙彫に支配された観があった。…
※「根付」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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