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貞観時代 じょうがんじだい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

貞観時代
じょうがんじだい

平安時代初期,清和天皇の治世 (859~876) をいい,藤原氏の権力が確立した時代。清和天皇が即位すると,藤原良房が外戚の地位を利用して摂政となり,良房の没後はその養子基経が摂政となった。藤原氏は応天門の変 (866) で,伴 (大伴) 氏を廟堂から追い,自己の権力を不動のものとした。『続日本後紀』『貞観格式』の撰進,貨幣の鋳造など治績は上がったかにみえたが,律令制の崩壊は急速に進んだ。仏教では最澄空海によって輸入された天台,真言の密教の色彩が強く,美術面にもこの影響が及び,多数の密教芸術作品を生んだ。神護寺『薬師如来坐像』はその代表作である。 (→奈良時代 , 藤原時代 )

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デジタル大辞泉の解説

じょうがん‐じだい〔ヂヤウグワン‐〕【貞観時代】

主として日本美術史における時代区分の一。→弘仁貞観時代

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百科事典マイペディアの解説

貞観時代【じょうがんじだい】

美術史上の時代区分の一つ。→弘仁・貞観時代

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大辞林 第三版の解説

じょうがんじだい【貞観時代】

平安初期、清和天皇の貞観年間(859~877)の時代。日本美術史、特に彫刻史の用語。一木作りの密教彫刻が盛んに行われた時代で、この名称で平安前期を代表させた。

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世界大百科事典内の貞観時代の言及

【平安時代美術】より

…これから政治・文化の中心が京都に存在した約400年間がいわゆる平安時代であり,美術の歴史の上でもこれを一つの時代とみている。ただし見方によって,894年(寛平6)の遣唐使廃止によって象徴される大陸文化との一応の絶縁までを弘仁・貞観あるいは貞観時代といって,それ以後の藤原時代と区別したり,10世紀中ごろのようやく和様化の顕著となってくる時期までを平安前期,以後を和様の完成からその展開の時期とみて平安後期のように二分するなど,諸説がある。これらの考え方の根底には,9世紀における華麗な密教美術の開花と,いわゆる一木彫像の示す存在感の強烈な印象が,一つの画期的なものであるという主張がうかがえる。…

※「貞観時代」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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