通常,経済理論では労働力はすべて等質であり,労働市場では競争がすみずみにまで行きわたっていて,その結果として唯一の賃金水準が成立するものと考えている。しかし,現実の世界ではホワイトカラーもあればブルーカラーもあり,ベテランもいれば新入社員もいるというように労働力の銘柄・等級はまことに多種多様であり,労働市場での競争も十分に貫徹しているわけではないから,高低さまざまの賃金が並び行われている。そこで,この高低さまざまの賃金の平均値をもって賃金水準を代表させることになる。しかし,これも平均値の常として次のような難問を抱えている。A産業の賃金は500円,雇用は6人,またB産業の賃金は600円,雇用は4人だったとしよう。この場合,平均賃金は540円である。ここで賃金は両産業ともそのまま,雇用だけがA産業で4人に,B産業で6人に変化したとすれば,平均賃金は560円に上昇することになる。このケースに対しては二つの見方がありうるであろう。その第1は,労働力が低賃金のA産業から高賃金のB産業へ移動して,労働者の賃金収入はならして増加しているのだから,このケースは賃金水準の上昇とみるべきだとするものである。これに対して,第2の見方は,平均賃金の上昇はまったく労働者の産業別分布の変化によるもので,両産業とも賃金にはなんの変化もないのだから,これは賃金水準の上昇とはいえないとするものである。第1の見方をとれば,賃金水準の変化は平均賃金を表示する通常の賃金統計をもって十分観察できるわけだが,第2の見方に立つと,賃金水準の変化は複雑な賃金構造統計を用いて労働者構成を固定した平均賃金を算定するという手続をへなければとらえることができないという結論になるだろう。しかし,労働者構成によほどの変化がないかぎり,通常の平均賃金の比較と労働者構成を固定した平均賃金の比較との間に大きな差は生じないので,一般的には通常の平均賃金をもって賃金水準の指標とみている。
日本では労働省による〈毎月勤労統計調査〉が代表的な賃金統計である。この全国調査は甲調査(常用労働者30人以上を使用する事業所を調査対象とする)と乙調査(同5~29人を使用する事業所を調査対象とする)とに分かれるが,甲と乙を合わせて1982年12月時点の調査で3094万の常用労働者をカバーしており,これは全常用労働者の83%に当たる。毎月勤労統計調査は賃金収入統計であって,そこでの賃金は税,社会保険料などを控除する前の現金給与のことで,実物給与の見積額は含まれていない。現金給与は〈きまって支給する給与〉と〈特別に支払われた給与〉に分類されるが,前者は俗に月給と称しているものに当たり,後者は賞与,期末手当,ベースアップの差額追給分などである。また,経営不振のため賃金が不払いになることもままあるが,毎月勤労統計調査では賃金の不払分も控除することなくそのまま計上してある。賃金の不払いについては別に労働基準局の業務統計がある。なお,創立記念日の金一封とか,客が直接与えるチップなどの類は労働者の収入ではあるけれども,雇用契約に基づく賃金ではないから,賃金統計には計上されない。
賃金は企業にとって労働費用の最大項目ではあるけれども,決してその全部ではない。労働費用の構成を主要国と比較すると,賃金以外の労働費用は,その比率の低い日本やイギリスでも10%を超え,アメリカ,西ドイツはもっと高く,フランスでは実に30%を上回っている。このことから単純な賃金の国際比較のもつ意味がかなり限られたものであることがわかる。たとえば単純な賃金の国際比較はフランスの労働費用負担を他にくらべて著しく過少に示すことになるであろう。また,日本以外の4ヵ国では賃金統計がブルーカラーだけを対象としていることにも注意したい。
執筆者:梅村 又次
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