賜う(読み)タマウ

デジタル大辞泉 「賜う」の意味・読み・例文・類語

たま・う〔たまふ〕【賜う/給う】

[動ワ五(ハ四)]《上位から下位に物や恩恵を与える意から、その動作主を敬う語となる。現代では文語的な文章か、特別の堅い言い方でないと尊敬語としては用いない》
与える」「くれる」の尊敬語。お与えになる。くださる。「おほめのお言葉を―・う」
人をおよこしになる。
「このありつる人―・へ」〈伊勢・六二〉
自己側の動作に用い、尊大な語気を表す。目下の者に与える。くれてやる。
そこら年頃、そこらのこがね―・ひて」〈竹取
特に命令形は、上にくるはずの動詞を略して、命令・勧誘の意を表す。なさい。
「いざ、―・へよ(=イラッシャイヨ)」〈・若紫〉
「あなかま、―・へ(=オダマリナサイ)」〈・若菜上〉
補助動詞)動詞・助動詞の連用形に付く。
㋐その動作主が恩恵を与えてくださる意を表す。…てくださる。「神が恩恵を垂れ―・う」
㋑その動作主を尊敬する意を表す。お…になる。お…なさる。
「すぐれて時めき―・ふありけり」〈桐壺
㋒尊敬の助動詞「す」「さす」に付いて「せ(させ)たまふ」の形で、程度の強い尊敬の意を表す。
「たふとく問はせ―・ふ」〈竹取
㋓同輩以下の者に対し、親しみをこめたりやわらかに命令したりするのに用いる。「そんなにくよくよし―・うな」「早く行き―・え」
[動ハ下二]
「もらう」の意の謙譲語。多く、飲食物の場合に用いる。いただく。頂戴する。
「魂は朝夕あしたゆふへに―・ふれどが胸痛し恋の繁きに」〈・三七六七〉
(補助動詞)
㋐主として動詞「聞く」「見る」に付いて、その動作を、恩恵を与えてくれる人(尊者)から受ける、いただくの意を表す。(尊者に)…させていただく。
「是の如きことをわれ聞き―・へき」〈金光明最勝王経古点〉
㋑(かしこまりあらたまった会話消息で用いる。平安中期以降の用法)自己または自己側の動作として用いる動詞(主として「思う」「見る」「聞く」)に付いて、聞き手に対してその動作をへりくだる意を表す。…させていただきます。…します。
「かかる御事を見―・ふる(=拝見スル)につけて、命長きは心憂く思う―・へらるる(=存ゼラレマスル)世の末にも侍るかな」〈須磨

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精選版 日本国語大辞典 「賜う」の意味・読み・例文・類語

たま・うたまふ【賜・給・食】

  1. [ 1 ] 〘 他動詞 ハ行四段活用 〙
    1. [ 一 ] 上位から下位へ物や恩恵を与える動作を表わすのが原義と思われる。そこから、恩恵を受ける下位者の立場を主として、「上位者が恩恵を与えてくれる、下さる」という、動作主を敬う気持が生じ、尊敬語が成立する。一方、恩恵を与える立場の者を主として、「恩恵を与えてやる、くれてやる」の意に用いられる場合も生じている。たぶ。とうぶ。
      1. 「与える」「くれる」の意の尊敬語で、その動作の主を敬う。お与えになる。下さる。
        1. [初出の実例]「この見ゆる 天の白雲 わたつみの 沖つ宮辺に 立ち渡り との曇りあひて 雨も多麻波(タマハ)ね」(出典万葉集(8C後)一八・四一二二)
        2. 「君王臣が忠諫を忿(いか)って吾に死を賜(タマフ)事、是天已に君を棄つる也」(出典:太平記(14C後)四)
      2. 特に、人を下さるの意から、人をおよこしになる。
        1. [初出の実例]「夜さり、『このありつる人たまへ』とあるじにいひければ」(出典:伊勢物語(10C前)六二)
      3. 上位者が下さるものを、仲介して与える。
        1. [初出の実例]「このめの童はたえて宮仕つかうまつるべくもあらずはんべるをもてわづらひ侍り。さりともまかりて仰せ給はんと奏す」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
        2. 「御祿の物うへの命婦取りてたまふ」(出典:源氏物語(1001‐14頃)桐壺)
      4. 下位者に対する自己または自己側の動作に用い、尊大な語気でいうもの。くれてやる。
        1. [初出の実例]「そこらのこがね給ひて、身をかへたるがごと成りにたり」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
      5. 尊者に対するかしこまり改まった表現(会話・消息・勅撰集詞書など)において自己または自己側の動作に用い、第三者に対して「くれてやります」の意を表わす。与えられる第三者が低められることによって、へりくだった言い方になる。
        1. [初出の実例]「公にだにさぶらはざらん物を、正頼はいかでかたまふべからん」(出典:宇津保物語(970‐999頃)吹上下)
    2. [ 二 ] 補助動詞として用いる。動詞、または、動詞に「て」のついた形に付く。
      1. ( [ 一 ]の補助動詞用法 ) その動作の主を尊敬する意を表わす。
        1. (イ) その動作を、恩恵を受ける者のためにしてくれるの意のもの。…してくださる。
          1. [初出の実例]「高光る 日の御子 諾(うべ)しこそ 問ひ多麻閇(タマヘ)(ま)こそに 問ひ多麻閇(タマヘ)」(出典:古事記(712)下・歌謡)
          2. 「此馬のとどまる所にて馬を返し給へ」(出典:俳諧・奥の細道(1693‐94頃)那須)
        2. (ロ) その動作を尊敬表現にするために「たまう」が用いられているもの。…なさる。お…になる。
          1. [初出の実例]「たらし姫 神のみこと〈略〉御心を しづめ多麻布(タマフ)と い取らして いはひ多麻比(タマヒ)真珠(またま)なす 二つの石を」(出典:万葉集(8C後)五・八一三)
          2. 「女御更衣あまたさぶらひ給けるなかに、〈略〉すぐれて時めき給ありけり」(出典:源氏物語(1001‐14頃)桐壺)
        3. (ハ) 尊敬の助動詞「す」「さす」と共に「せたまう」「させたまう」の形で用い、特に(ロ)の尊敬の度合いを強めて表現する。
          1. [初出の実例]「大臣上達部をめして、いづれの山か天に近きと問はせ給に」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
          2. 「大進生昌が家に宮の出でさせ給ふに」(出典:枕草子(10C終)八)
        4. (ニ) 特に命令形は、「たまう」の上にあって実質的な意味を表わすはずの動詞を略していうことがある。→あなかま給(たま)えいざ給(たま)えいざさせ給(たま)え
      2. 江戸時代後期以降、特に上下間の敬意が弱まり、現代では、同輩以下に対し軽い敬意または親しみの気持をこめていう補助動詞として、多く命令形が用いられる。命令形以外にも「あまり悲しみたまうな」などの用法があるが、普通の用語とはされていない。
        1. [初出の実例]「屋敷は屋敷、ここはここじゃ、手にし給へ」(出典:洒落本・辰巳之園(1770))
        2. 「君注意して写生して見給へ」(出典:吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉一)
      3. ( [ 一 ]の補助動詞用法 ) 下位者に対し恩恵を与える、上位者側、また自己側の動作を表わす動詞につけて用い、「…してやる」「…してとらせる」の意を表わす。
        1. [初出の実例]「天皇が大命らまと、親王等又汝王臣等に語らひ賜幣止(たまヘと)勅りたまはく」(出典:続日本紀‐天平元年(729)八月二四日・宣命)
  2. [ 2 ] 〘 他動詞 ハ行下二段活用 〙
    1. [ 一 ] ( 食 ) 物などを受ける、もらうの意の謙譲語で、くれる人を敬う。多く、飲食物をもらう場合にいう。いただく。頂戴する。
      1. [初出の実例]「鈴が音の早馬(はゆま)駅家(うまや)の堤井(つつみゐ)の水を多麻倍(タマヘ)な妹が直手(ただて)よ」(出典:万葉集(8C後)一四・三四三九)
    2. [ 二 ] 補助動詞として用いる。動詞の連用形に付く。
      1. 動詞(多く、「聞く」「見る」)に付いて、その動作を尊者から受ける意を表わす。尊者の恩恵によって、その動作をさせてもらう気持で、その動作の対象を敬う謙譲語。…させていただく。
        1. [初出の実例]「ふたところのこのころのみみもとのかたちきき多末部(タマヘ)にたてまつりあぐ」(出典:正倉院文書‐万葉仮名文(奈良))
        2. 「歓(うれ)しみ貴みなも念ひ食(たまふル)」(出典:続日本紀‐天平勝宝元年(749)一二月二五日・宣命)
      2. ( 尊者に対し、かしこまり改まった気持で言う会話・消息に用いる対話敬語 ) 話し手または話し手側の者の動作を表わす動詞(多く、「思う」「見る」「聞く」、ときに「知る」など)に付いて、その動作を聞き手に対しへりくだり、言い方を丁重にする。「(あなたさまに)…させていただきます」の気持をこめる。
        1. [初出の実例]「かかる山の末にこもり侍りて、死なむを期(ご)にてとおもひ給ふるを」(出典:大和物語(947‐957頃)一六八)
        2. 「それがあなたにさぶらひしかば、知らせ給ひたるらんとこそ思ひ給へしか」(出典:宇治拾遺物語(1221頃)七)

賜うの語誌

( 1 )「法隆寺金堂薬師仏造像記」に「池辺大宮治天下天皇、大御身労賜時、〈略〉誓願賜」とあり、この「賜」は補助動詞「たまふ」の最も古い例だといわれる。
( 2 )下二段活用の「たまふ」の終止形は通常用いられない。
( 3 )下二段活用の「たまふ」は、四段活用の「たまふ」に対し受動的な意味を持つ点で「たまはる」に類似するが、「たまはる」が、広く「いただく」であるのに対し、これは飲食物に関して「いただく」場合に多く用いられる。従って「食」の字がこれにあてられ、補助動詞用法にも「食」の表記が多くみられる。ただ、後世は「飲食する」の意については、「たまふ」の転じた「たぶ」「たべる」が専用され、「たまふ」は主として補助動詞として用いられるようになっていった。
( 4 )中古には、「与える」意の「たまふ」に助動詞「す」が下接した「たまはす」、また、補助動詞「たまふ」に助動詞「す」「さす」「しむ」が上接した「せたまふ」「させたまふ」「しめたまふ」があり、いずれも最高敬語である。
( 5 )[ 一 ][ 二 ](ハ) の「(さ)せたまふ」は、中世後期には次の例のように「(さ)したまふ」の形で使われた。「詩の意は、小斎のちっとしたる燕居之室に居て、将軍の幕官であるなんど云てはばめきもせいで、いかにもしづかにいらしたまうほどに、野なる意が多と承まわるぞ」〔三体詩幻雲抄〕。
( 6 )「たまふ」は中世後期には口頭語の世界から後退したが、「せたまふ」「させたまふ」の転と推定される「しまう」「さしまう」「しも」「さしも」「しむ」「さしむ」などは口頭語として用いられた。

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