ドイツの啓蒙思想家レッシングによる5幕の劇詩。1779年発表。第3次十字軍(1189-92)の和議が成立したエルサレムを舞台にとり,ユダヤの豪商,賢者ナータンとイスラム世界の名君サラディン(サラーフ・アッディーン)との問答(3幕7場)および旧約聖書のヨブを思わせるナータンの試練の物語(4幕7場)を二つの核として構成。あらゆる宗教の本質を神への絶対的な帰依と,隣人のための積極的な活動に求め,既成宗教の相対性とそれに伴う寛容の必然性を説く。《デカメロン》(初日の第3話)での〈三つの指輪〉のたとえを利用し,18世紀の〈市民劇〉が愛好したモティーフ(登場人物の秘められた血縁とその発見)を踏襲するのは,古い形式に新たな内容を盛りこむレッシング一流の手法である。晩年の神学論争の一環として執筆されたが,萌芽はすでに初期の著作にみられる。理性と寛容の精神をたたえる啓蒙主義が生んだ傑作であり,第2次大戦後ドイツではしばしば上演されている。
執筆者:南大路 振一
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ドイツの啓蒙(けいもう)思想家レッシングが牧師ゲッツェとの論争を契機に執筆した5幕の劇詩。1779年刊。第三次十字軍遠征が終わった12世紀末のエルサレムで、富と知恵を兼備したユダヤ商人ナータンは、イスラム教の名君サラディンによる難問、「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のいずれが真の宗教か?」に対し、真偽の識別がまったく不可能な三つの指輪のたとえ話(『デカメロン』に由来)を用いて、この問いの無意味さを説く。ナータンにとって唯一神への帰依と隣人愛の実践こそ正しい信仰の証(あかし)にほかならない。彼自身深刻な懐疑を理性によって克服し、この確信を得る。筋はナータンの養女とキリスト教の若い神殿騎士の恋をめぐって進行し、2人の兄妹関係、同時にまた、彼らとサラディンとの血縁関係が認知されて大団円となる。18世紀に流行の「まじめな喜劇」、とくに家庭劇を、寛容を教える思想劇にまで高めたこの作品は、今日の舞台でなお生きている。
[南大路振一]
『篠田英雄訳『賢人ナータン』(岩波文庫)』
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…《ハンブルク演劇論》は,劇評という枠を越えた実践的な理論的著作である。彼が晩年の傑作《賢者ナータン》を発表するころ,ゲーテ,レンツ,クリンガーなどの若い世代が,理性より感情の優位を主張する疾風怒濤(しつぷうどとう)(シュトゥルム・ウント・ドラング)の文学運動を開始した。劇作では,フランス古典主義演劇の形式を退けて,シェークスピアに範をとる多場面構成で,強烈な個性をもつ人物をもつ戯曲が求められた。…
…いわゆる〈同化〉ユダヤ知識人第1号である。レッシングの盟友となり,彼の《賢者ナータン》のモデルともなった。ユダヤ人解放の先頭に立ち,ユダヤ人啓蒙のためのドイツ語教育学校を興し,同時にユダヤ伝統文化遺産の継承を重視してヘブライ語復興の〈ハスカラー(啓蒙)〉運動を東欧全域に広め,ユダヤ人近代化とドイツ文化の懸橋役を実践して〈近代ドイツ系ユダヤ人の父〉とも仰がれるが,この〈同化〉開拓の道は毀誉褒貶半ばする運命をたどる。…
…ボルテールの標語として広く知られる〈破廉恥漢を押しつぶせ〉と〈もしも神が存在しないならば是非ともそれを作り上げねばならない〉という二つの言葉は,一方では偏狭で抑圧的なカトリック教会の迷信と,そして他方では破廉恥な無神論に対して彼がとった両面作戦の立場を明快に表している。ドイツではライマールスHermann Samuel Reimarus(1694‐1768)やレッシングの神学的著作,とりわけ後者の名作《賢者ナータン》の中の有名な三つの指輪の寓話の中で,宗教的祭祀の形式や教説の多様性にかかわらずすべての既成宗教が純粋な一つの神への帰依である事実がもっとも雄弁に物語られている。自由思想家【中野 好之】。…
※「賢者ナータン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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