1882年に発せられた〈陸海軍人に賜はりたる勅諭〉の略称。創設期の日本陸海軍は陸軍がフランス式,海軍がイギリス式の制度的模倣であったが,徴兵制を採用しながら国民軍隊的基盤はなく,軍隊の統帥を権威づける思想体系が成立していなかった。軍隊手帳には8条の掟と4条の誓文が記載されていたが簡単な文章であった。西南戦争後の1878年8月,近衛砲兵の反乱である竹橋騒動が起こった直後,陸軍卿山県有朋の名で数万言を費やした〈軍人訓誡〉が出された。起草者は西周であるが,軍人精神の未発達を指摘したうえで,軍人精神維持の三大要素を忠実・勇敢・服従にあるとし,くわしい解説を加えた。〈軍人訓誡〉に,さらにその後の自由民権運動の高揚とこれに対抗するための憲法制定・国会開設等の予定された情勢を見こして手を加え,いっそうの体系化をはかって天皇の名で発せられたのが軍人勅諭である。軍人勅諭も西周が当初の起案者であり,具体的な徳目は忠節,礼儀,武勇,信義,質素の5条となっているが,その論理の構造は一点を除いては大きな変化はない。ただ〈軍人訓誡〉との重大な一点の違いは,軍人勅諭が日本の軍隊を天皇の軍隊であるとし,天皇親率の原則を宣明したことであった。憲法制定に先だってのこの原則の宣明は,統帥権が政府の国務の外に独立する大権であることを天皇の名によって宣言したものであった。それは国務に対する議会の関与から超越し,国民軍隊であることを拒否する性格の内容であった。上官の命令はすべて天皇の命令とされる命令の無謬性と命令への絶対服従という日本の軍隊に固有の紀律がここに成立した。勅諭発布の形式は,法令布告の形式によらず,天皇個人の意志を直接に陸海軍に伝えるという形式をとった。そのため,勅諭は超法規的な天皇の絶対意志として最高の拘束力を発揮し敗戦までの日本を拘束しつづけた。
執筆者:大江 志乃夫
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1882年(明治15)1月4日、明治天皇が陸海軍人に下した勅諭。正式名称は「陸海軍軍人に賜はりたる勅諭」。他の勅語が漢文調であるのと異なり、平仮名交じりの平易な和文調で、文語体ではあるが、わかりやすい語りかけの体裁をとり、2700字に及ぶ長文となっている。内容は、わが国の兵制の沿革を説き、天皇が軍の最高統率者であることを強調した前文と、忠節、礼儀、武勇、信義、質素の5か条を軍人の守るべき教えとして解説した主文、および、これらを誠心をもって実行するよう求めた後文とからなっている。その特徴は、天皇が兵馬の大権を掌握することを明らかにし、統帥権独立論に根拠を与えた点、忠節を第一の軍人の徳目とし、上官の命に服従することは天皇の命令に服従することであると説いている点、軍人が政治に関与すべきではないと教え、小節の信義に惑って大綱の順逆を誤るなと説くなど、西南戦争、竹橋事件、自由民権運動などの当時の社会情勢に関連して軍隊の動揺を防止し、その精神的支柱を確立しようとする意図が明らかにされている点にある。
軍人に対する精神的な教えとしては、すでに1872年(明治5)2月、軍人の日常の心得を示した陸軍読法、海軍読法が出され、さらに78年8月、竹橋事件直後に陸軍卿(きょう)山県有朋(やまがたありとも)により軍人訓誡(くんかい)が達せられていたが、これをさらに進めて、天皇への絶対服従を要求した勅諭の下賜となったのである。したがってこの勅諭は、当時の時流に対する戒めという意味が強かったが、天皇制が確立し、軍隊が天皇の軍隊として独自の特権的地位を占めるにしたがって、軍隊の精神的中核として重要視されるようになった。そして軍人に対しては、これを金科玉条として信奉することが要求され、ついには長文の全文を暗誦(あんしょう)することが強制されるようになった。1948年(昭和23)6月19日、国会で教育勅語などとともにその失効を決議された。
[藤原 彰]
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1882年(明治15)1月4日に明治天皇が下した勅諭。天皇制下の軍隊の性格を明示したもの。1880年,参議兼参謀本部長の山県有朋(やまがたありとも)が中心となって起案,西周(あまね)が起草し,井上毅(こわし)・福地源一郎らも加筆した。忠節・礼儀・武勇・信義・質素など軍人の徳目と,兵馬の大権を天皇が直接掌握することを示した。自由民権運動の高揚を背景に,軍人の政治不関与をも説く。「朕は汝等を股肱(ここう)と頼み,汝等は朕を頭首と仰」げとのべ,憲法・議会の整備以前に天皇と軍人の直属関係を確立した点に歴史的意義がある。
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