改訂新版 世界大百科事典 「農業生産組織」の意味・わかりやすい解説
農業生産組織 (のうぎょうせいさんそしき)
2戸以上の農家が,農業の生産過程の一部または全部について,共同してやろうという協定をもとに結合している生産集団,および農業経営や農作業を組織的に受託する組織を総称して農業生産組織と農林水産省は表現している。農政当局がこの言葉を用いるようになったのは1960年代半ば以降からであるが,簡単にいえば,機械利用や労働力編成などの面で,個別では農業生産をやっていけない農家を,その生産過程において補強し,補完する組織のことである。もともと農家は,個々に孤立して農業生産を営んできたわけではない。今日でも用水路や農道を補修し整備する〈むら〉仕事としての共同作業が多少ともあるが,かつては田植や稲刈などの農繁期は〈ゆい〉や手間替えなどの共同体的相互扶助で乗り切ってきたものであった。共同体的枠組みのなかで,それに支えられて生産活動は行われてきたのであるが,農業,農村の近代化が進められるなかで,こうした共同体的諸関係は多くの面で後退し解体した。農業生産のやり方という点では,それは個別経営がそれぞれに生産過程を自己完結化することでもあった。それを可能にしたのは農業生産力の発展であったが,農業生産組織は農業生産力の一層の高度化が,再び生産過程での個別経営間の協定,結合を必要とさせるようになって組織されるようになったものである。農業生産力の一層の高度化が個別経営に生産過程を自己完結的にやれなくしたのは,日本農業ばかりではない。それは先進資本主義国に共通した問題になっている。OECDもこれをグループ・ファーミングgroup farmingという呼び方でとり上げている。
高度機械化と生産組織
問題はとくに高性能の自走式作業専用機の登場にあった。1960年代後半から,先進資本主義国の農業機械化はトラクタリゼーションの段階から自走式作業専用機を体系的に使いこなす高度機械化段階に入る。コンバイン,フォレージハーベスターなどは,専用機であるだけに,トラクターに作業機を引っ張らせるのと比べると,作業能率が飛躍的に高まる。価格も著しく高くなる。当然に,こうした作業専用機を効率的に使いこなすためには,作業規模を大きくしなければならないという問題がおきる。しかも,それぞれの作業専用機の効率的稼働規模がちがうので,個別経営が体系的に使いこなすためには経営規模の飛躍的拡大が求められる。経営規模の拡大が伴わなければ,個別所有・個別利用は過剰投資になってしまうが,その経営規模の拡大は容易にはできない。個別経営を超えた組織的利用を問題にせざるをえなくなるのである。専用機体系が農業生産力の中軸にすわることは,農業労働力の資質への要求をも変えさせる。そういう機械を操作できるかどうかが問題になるのであり,農繁期に要求される協業も農業機械を使いこなすオペレーターの協業でなければならなくなるのである。しかし核家族化しつつあるなかでは,個別経営ではそういう協業編成ができなくなり,この面からも個別経営は相互に結合し組織的に対処することが必要になる。
農業生産力の高度化が個別経営としての対処を困難にするという事態は,日本の場合,高度機械化の側面ばかりでなく,肥培管理の面でも生じた。水管理の効果を高め,また防除を徹底させるために,一定の広がりをもった地域全体として,栽培品種を統一し,生育段階をそろえるために肥培管理方法の斉一化を図ることが必要になるからである。
生産組織の類型
高度化した生産諸力が個別経営の枠内におさまりきれなくなった事態,その意味での生産力と生産関係の矛盾のいまの農業構造のもとでの解決策として登場してきたのが生産組織なのである。その矛盾の形,現れ方は地域の農業構造,農業生産の内容によってさまざまであり,したがってその解決策としての農業生産組織の形態もさまざまである。農林水産省の統計ではこれを以下の5類型に分けている。(1)複数の農家が機械・施設の利用に関する規定により結合している共同利用組織,(2)栽培協定のみ,または栽培協定とそれに関連する共同作業,機械・施設の共同利用を行う集団栽培組織,(3)農業経営,全面農作業または部分農作業を受託し,受託料を収受する受託組織,(4)複数で家畜を飼育する集団,または牧草栽培を行う集団が採草地,放牧地などの土地の共同利用や,機械・施設の共同利用を行う畜産生産組織(これには県,市町村,農協などが繁殖や共同育成事業を行う場合を含む),(5)2戸以上の世帯が共同で出資し,一つ以上の農業部門の生産から生産物の販売,収支決算,収益の分配に至るまで経営のすべてを共同で行う協業経営組織。
1995年の調査によると,生産組織に参加している農家は約24万1000戸であるが,そのうち約19万8000戸が機械・施設の共同利用組織への参加者であり,ついで多かったのが受託組織(約5万7000戸)であった。機械・施設の共同利用組織のほとんどは,構造改善事業をはじめとする各種補助事業によってつくられたものである。補助事業はつねに共同利用を前提にしており,補助事業の導入が生産組織をつくる大きな契機となっている。これらの生産組織を動態的にみると,まずは集落の全部あるいは大多数の農家を組織した共同利用組織としてスタートするが,機械操作はだれでもができるわけではないし,また多くの人に操作させると維持・保守の責任の所在が不明確になり,機械などの寿命を短くしてしまうということがあるので,オペレーターは組織内の特定者に固定される。固定されたオペレーターの処遇をめぐって問題が生じ,オペレーター中心の受託組織に組織が変わるという変化が多くの組織でみられる。集落丸がかえ的組織では生産組織の作業は〈むら〉仕事になりがちであり,能力あるオペレーターはそれを不満として自立を求め,オペレーター優位の組織に組み替えていくのである。
執筆者:梶井 功
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報