農業経済学とはどういう学問かを一義的に規定することはむずかしい。また、農業経済学を農政学や農業経営学といわれる学問とどのように区別するかはあまり明らかではなく、用いる人によっても内容が異なってくる。しかし、農業経済学とは「経済学を用いて、農業の経済現象を分析する経済学の一分野である」ことはだれしも異存がないであろう。
農業経済学の主要課題の一つは農業所得の低位性や不安定性の解明であるが、この課題の究明も、農業生産部門のみを問題にしては、問題の本質を見失うおそれがある。それは、農業と他産業部門との関連から生ずるものが多く、そのため農業生産部門のみならず、農産物の加工・流通部門、農業金融、農機具や肥料などの農業資材供給部門、農産物貿易、発展途上国の経済発展、世界の食糧と人口などの外国農業に関連する諸分野までが、研究教育の対象となるのである。
農業経済学の数ある研究分野のうち、比較的新しく、また最近もっとも活発なのは、アグリビジネスの研究である。国民経済の発展とともに、農業の相対的地位はますます縮小していくことは経験的に明らかであるが、同時に、農業と他の産業部門との相互依存関係はますます深くなっていく。諸産業のうち農業と直接に関連を有する農業資材供給部門、農産物の加工・流通部門、農業生産部門の三部門の統合体が「アグリビジネス」とよばれる。
アグリビジネスの生産性向上を研究し、とくに国民経済の成長に見合うように、アグリビジネスの構造再編を進めることはたいせつである。構造再編がうまくいかないと、農産物の供給過剰、価格の不安定、零細な経営規模、低い農業所得などのもろもろの農業問題が生じてくる。この再編をうまく行い、アグリビジネスはもちろん他の産業部門にも過剰な労働力を吸収させることによって低所得農家の離農や兼業化を促進し、専業農家の規模を拡大し、また需要に見合った農産物の供給を行い、農業所得を高め、安定させることは、農業経済学の中心課題である。
[土屋圭造]
『土屋圭造著『農業経済学』改訂版(1981・東洋経済新報社)』▽『速水佑次郎著『農業経済論』(1986・岩波書店)』
農業は,経済一般の動きに規定されながらも,さまざまな独特の経済問題をひき起こす。たとえば,土地を使い,自然の環境のなかで生産が行われるというその特質から,農業生産は天候のいかんで大きく変動し,思いがけない需給不均衡を生じ,それにともなって農産物価格が暴騰したり暴落したりするという独特の動きを示す。農業以外の産業では,各経営間に生産上あるいは営業上の優劣の差があっても,その差は市場競争のなかで均等化する必然性をもち,均等化させることができるが,農業の場合,最も重要な基礎的な生産手段になる土地の豊度差が均等化できないため,農業経営間の生産条件の差は固定性をもつ。価格形成のしかたが農業と非農業で異なることになるし,地代問題が重要となるうえに,その土地がまた古い土地制度を残していてさまざまなひずみを経済に与えるという問題がある。さらには,資本主義の深化は資本家と労働者という二大階級に国民を分裂させているが,農業の分野では,大企業的経営は少なく,小規模な家族経営が圧倒的多数として残っているということが多くの国でみられる。一般経済の動きとは違うこうした農業の動きが,どうして起きるのか,それが非農業のほうにどういう影響を与えることになるのかを究明するのが農業経済学である。資本主義あるいは社会主義のなかでの農業と非農業の関連性を問題にする学問であり,経済学の一分野を構成する。農工分離が進んでいなかった資本主義以前の時代には,農業問題が即経済問題だったし,資本主義も初期のころには,国民経済のなかでの農業のウェイトが圧倒的に大きかったから,経済学も農業の諸問題を大きく扱わなければならず,農業経済学が経済学の一分野として問題にされることはなかった。資本主義が発展して独占段階に入ってから,農業が国民経済のなかでの地位を低下させながらも,その独特の動きで経済全体に影響を与えることが注目され,経済学の一分野となってきたのである。社会主義国でも農業は〈アキレス腱〉になっており,農業経済学は重視されている。
→経済学
執筆者:梶井 功
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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