進化遺伝学(読み)しんかいでんがく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「進化遺伝学」の意味・わかりやすい解説

進化遺伝学
しんかいでんがく

生物進化の仕組みや機構を遺伝学的に研究する生物学の一分科。集団遺伝学と明瞭(めいりょう)な区別はないが、一般的には進化遺伝学のほうが、種の系統的変化とか種分化といった大きな進化的事象に関する研究をより意図している。生物進化を研究する基礎は、C・R・ダーウィンによる進化の概念の確立、メンデル遺伝法則、H・J・マラーに代表される突然変異の機構の解明にある。古代ギリシアのプラトンやアリストテレス的哲学においては、感知できる変異は幻影にすぎず本質的なものは不変であった。また、17世紀および18世紀には前成説(完成されるべき個体卵子精子の内に縮小化されており、発生過程でそれが展開されるevolveとする学説)が盛んであった。進化はプラトンの意味ではありえないものであり、前成説では単に内在的可能性の成熟を意味するにすぎない。

 生物進化が事実として広く認められるようになったのはダーウィンの『種の起原』による。そして20世紀前半には、進化を説明する機構である自然選択と変異生成の機構が遺伝学的基礎のうえに総合され、生物進化の研究が真に科学的に可能になった。同時に環境の役割も正しく認識されるようになった。すなわち、環境とは従来のラマルク的要因としてではなく、自然選択の作用の仕方を決定する重要な要因とみなされるようになった。

 今日では遺伝的変異は、表現型(生物の示す形態的・生理的性質)や染色体のみならず、遺伝子DNAデオキシリボ核酸)のレベルで観察でき、変異の種間比較をさまざまなレベルから行うことができる。しかし、観察される変異と大進化との因果関係を明らかにする研究は十分とはいえない。たとえば、ヒトとチンパンジーの遺伝的差異が多くの相同な遺伝子について調べられた。それによると、両者の遺伝的差異は、その顕著な形態的差異に比べると驚くほど小さい。このことは、大きな進化がほんのわずかな遺伝的変異に基づいておこりうることを示唆している。しかし、それがどのような変異であるかはまったく推測の域を出ていない。生物進化の機構解明には、生物学のあらゆる分野の総合的知見、とりわけ自然選択の作用を規定できるような遺伝子と環境の相互作用に関する知見が必要である。

[髙畑尚之]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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