生物集団の遺伝的構成およびそれを決定する要因を探究する遺伝学の一分野。その究極の目的は生物進化の機構を明らかにすることにある。進化は単に一個体の変化ではなく、集団の遺伝的特性の変化であるから、新しい遺伝的変異が集団中の多くの個体に共有されるまでの過程を明らかにすることがたいせつである。
集団遺伝学は、元来、メンデルの遺伝法則とC・R・ダーウィンの自然選択説とが生物統計学の方法によって結び合わされて20世紀初頭に誕生した。とくに1930年代のR・A・フィッシャー、ライトS. Wright(1889―1988)やJ・B・S・ホールデンの一連の研究は、集団遺伝学の理論的体系化に大きな役割を果たした。しかし、実際に集団の遺伝的構成を、遺伝子の直接産物であるタンパク質や酵素のレベルで広範囲に研究することができるようになったのは1960年代なかばからである。
遺伝的変異は、表現型(たとえば、身長や体重)、染色体、遺伝子、あるいは今日ではDNAなどさまざまなレベルで検出することが可能である。遺伝的変異の源は、すべてDNAの変化にあるが、自然集団で実際に観測される変異の量やそのパターンは、さまざまな進化的要因が作用した結果である。たいせつな進化的要因としては、突然変異や自然選択のほかに、交配様式、遺伝的組換え、集団の地理的構造、次世代の個体を残すうえでの偶然性(普通、遺伝的浮動とよぶ)などがある。観察される変異のレベルに応じて、その運命を左右する要因の相対的重要性は異なりうる。
遺伝子やDNAの進化を研究する分野は、分子進化学ともよばれ、近年急速に発展してきた。このレベルでは、メンデルの遺伝法則を乱すような進化的要因もしだいに重要視されつつある。一方、表現型レベルの進化、とくに種の分化や行動様式の進化に関する研究も盛んになりつつある。このように集団遺伝学の研究は多様化してきているが、その最大の課題は表現型レベルの進化を遺伝子やDNAのレベルで理解することにある点は変わらない。
[髙畑尚之]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…現在この分野では電離放射線や紫外線,さらには化学物質による遺伝子突然変異や染色体異常の誘発機構,これら変異原mutagenによるDNAの損傷とその修復の機構,変異原に対する感受性を修飾する遺伝的・環境的要因の解析,さらには変異原の育種的利用などが重要な問題となっている。
[集団遺伝学population genetics]
C.ダーウィン(1859)は生物の進化が淘汰によることを示す多くの証拠を得たが,淘汰の対象となる変異の出現機構については明らかにできなかった。遺伝子の自然および人為突然変異の研究はこの問題に大きな手がかりを与え,遺伝学が進化機構の解明に深くかかわることとなった。…
…これについては過去1世紀,ダーウィンを源流とする理論が支配的であった。《種の起原》におけるダーウィン説は,遺伝の理論などが不明であっただけに,かえって幅の広い含みをもっていたが,20世紀に入ってからは,突然変異や集団遺伝学(R.A.フィッシャー《自然淘汰の数学的理論》1930)によって整理,補強されたネオ・ダーウィニズム,すなわち総合学説が主流を占め続けた。分子生物学の時代になって,タンパク質のアミノ酸配列および核酸のヌクレオチド配列を比較するいわゆる分子進化の研究も在来のデータを補って,点突然変異・淘汰の理論をいっそう補強した。…
※「集団遺伝学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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