内科学 第10版 「進行性核上性麻痺」の解説
進行性核上性麻痺(錐体外路系の変性疾患)
概念
40歳以降に発病する徐々に進行する孤発性神経変性疾患である.
疫学
有病率はわが国では米子市での調査で4.36人/10万人であった.欧米での有病率は5.8~6.4人/10万人との報告がある.
病理
基底核,脳幹,小脳の諸核の神経細胞が変性脱落する.神経原線維変化を認めるがねじれのない直細管からなる.またアストロサイト内のtufted astrocyteは本症に特徴的である.異常リン酸化タウ蛋白がアストロサイトとオリゴデンドロサイト内に沈着する.
臨床症状
症状は表15-6-5に示すように病期により異なるが,初期症状は姿勢反射障害により転倒しやすくなることから始まることが多い.
垂直性眼球運動障害はほぼ必発であるとされてきたが核上性注視麻痺を認めない患者が30~40%程度存在する.下方視の方が上方視よりも早くから出現し程度も強い.核上性注視麻痺とは正常位では上下の眼球運動麻痺があり動かないが,頭部を他動的に上下転すると眼球が動く現象をいう(人形の目現象).しかし,最終的には全方向に眼球運動が不可能となる.易転倒性を伴う姿勢反射障害は初発症状としても出現する.すくみ足はしばしば転倒の原因ともなる.
発病1年以内に易転倒性が約60〜70%に認められる.認知機能障害や行動異常は初期には認めないものが大部分である.進行に伴い,意欲の低下,語彙流暢性低下などを示し,皮質下性認知症の代表的な疾患である.
項部を後屈する姿勢(項部後屈ジストニア)は本症に特有な姿勢とされるが,初期には認めないし,出現率は50%以下である.パーキンソニズムとして,無動,筋固縮,歩行障害などは必発であるが,静止時振戦はまれである.そのほか,進行に伴い,構音・嚥下障害,錐体路徴候(腱反射亢進,Babinski反射),前頭葉徴候(強制把握反射)もしばしば認める.
検査成績
進行性核上性麻痺に特有な血液生化学的検査はない.髄液検査は正常であり,ドパミン代謝産物のHVA(ホモバニリン酸)の低下例がある.髄液中(総,およびリン酸化)タウ蛋白は正常である.
補助検査法としてMRI,CT検査で中脳被蓋部の萎縮および進行期には脳梁部,前頭葉の萎縮も認める(図15-6-17).PET,SPECT検査では両側前頭葉の血流低下を認める.
MIBG心筋シンチグラムでは早期,後期のMIBG取り込みは通常は正常である.経時的検査では多くは正常値を示すが,低下例もみられることがある.
診断
米国NIH研究班によるNINDS-SPSP臨床診断基準が世界基準であるが,特異度はすぐれている(100%)が感度は低い(50%)とされる(表15-6-6).
すくみ足や転倒などの姿勢反射障害を呈する場合にはPSPを考慮する必要がある.わが国では純粋無動症(pure akinesia)の存在は以前より認識されていたが,欧米では2008年になり,これが認識された.そしてPSPの臨床病型の多様性の存在が明らかにされている(表15-6-7).英国の報告ではRichardson症候群は全体の54%で男性に多い.PSP-パーキンソニズムは32%であり,非対称発症,男女差はなく予後は前者より良好とされる.片側性症状を呈した場合にはParkinson病,大脳皮質基底核変性症の可能性を考える必要がある.初期診断はしばしば困難である.
進行・予後
徐々に進行し,平均罹病期間は約10年で,多くは呼吸器疾患で死亡する.
治療
三環系抗うつ薬,セロトニン受容体1Aの拮抗薬であるタンドスピロンなどが有効であった例の報告があるが,一時的なものであり,根治療法はない.PSP-パーキソニズムの病型ではレボドパへの反応性は比較的良好(軽~中等度)であることを特徴とする.このため生前にはParkinson病との異同が問題となる.[山本光利]
■文献
David RW, Andrew JL: Progressive supranuclear palsy: clinicopathological concepts and diagnostic challenges. Lancet Neurol, 8: 270-279, 2009.
Litvan I, Agid y, et al: Clinical research criteria for the diagnosis of progressive supranuclear palsy(Steel-Richardson-Olszewski syndrome): report of the NINDS-SPSP International Workshop. Neurology, 47: 1-9, 1996.
特集「進行性核上性麻痺(PSP)―その1」.神経内科,56: 113-168, 2002.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報