人形浄瑠璃。近松門左衛門作。世話物。1703年(元禄16)5月《日本王代記》の切浄瑠璃として大坂竹本座で初演。1巻。太夫は竹本筑後掾,同喜内,同頼母,三味線竹沢権右衛門,人形辰松八郎兵衛(お初),吉田三郎兵衛(徳兵衛)。前月に起こったお初・徳兵衛の心中事件を脚色したもので,先行する歌舞伎の世話狂言の様式を介して作られた最初の世話浄瑠璃。観音巡りと心中道行という2種類の道行に挟まれてドラマが展開する劇構造と,遊女を人間として愛する主人公の創造という,二つの特色を持つ。内本町の醬油屋平野屋の手代徳兵衛は,実は主人の甥。主人には子供がない。妻の姪と徳兵衛とを結婚させ,夫婦養子にして店を継がせようと考えた主人は,徳兵衛の継母と話を進め,二貫目の持参金を渡した。だが徳兵衛は,お初への深い愛ゆえに結婚を拒否。主人は激怒し,金を返させたうえ,大坂から追放すると申し渡す。主人の意に背き,相続制度という社会秩序に反抗し,しかも逢瀬を妨げられて,それでもなお愛を貫くとすれば,死ぬよりほかに道はない。おまけに,二貫目の金は友人九平次にだまし取られた末,逆に騙りの汚名まで着せられる。2人は廓をぬけ,曾根崎の森で心中する。本作以後,さまざまな改作が現れたが,いずれも九平次を敵役として強調しているため,2人の愛に心中の原因を求める原作の焦点はぼけてしまっている。なお本作は,1953年8月宇野信夫の脚色・演出で歌舞伎化されたが,その脚本は改作によるところが多い。
執筆者:今尾 哲也
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人形浄瑠璃。世話物。1段(3巻構成)。近松門左衛門作。1703年(元禄16)5月大坂竹本座初演。前月に曾根崎の森で実際にあった,遊女お初と手代徳兵衛の心中事件に取材した近松最初の世話物。登場人物の人間性や町人社会をいきいきと描き,これまでの世話物にない特色をだす。作劇に歌舞伎の様式をとりいれたり,人形遣いの名手辰松八郎兵衛が出遣いをするなどの工夫で人気を得,竹本座の経営不振を一挙に挽回。以後,浄瑠璃・歌舞伎に多くの改作物がうまれたが,原作の再演はなかった。近年その文学的価値が認められ,近松の代表作として映画・現代演劇にもとりあげられた。
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…これらの心中事件は同時に歌謡にもうたわれ,《松の葉》(1703),《松の落葉》(1710)などに収められている。浄瑠璃では,元禄年代の末に上(揚)巻助六の情死を扱った《千日寺心中》などの作品が生まれていたが,1703年に近松門左衛門の世話浄瑠璃の初作《曾根崎心中》が上演されると,浄瑠璃だけではなく,歌舞伎でも歌謡でも空前の心中物ブームが訪れた。近松自身も《心中二枚絵草紙》《卯月紅葉》《心中重井筒(かさねいづつ)》《心中万年草》とたてつづけに心中物の秀作を発表,ライバル関係にあった紀海音も《難波橋心中》《梅田心中》《心中二ツ腹帯》などの作を発表した。…
… 1701年(元禄14)藤十郎は座本の地位を退いたが,やがて病気がちになって芸も衰えが見えはじめる。近松はよき理解者,よき協力者を失うことになるが,折から,竹本義太夫のために書いた《曾根崎心中》(1703)が大当りを取る。しかもそれは彼自身の新しい作劇法の成功を物語るものでもあった。…
… 85年近松門左衛門が義太夫の門出を祝って執筆した《出世景清》は,孤独の勇者景清と彼を愛するゆえに裏切りを犯す阿古屋との深刻な葛藤を扱い,義太夫節の出発点にふさわしい,近世悲劇(広末保《近松序説》参照)の本質を備えた作品であった。1703年(元禄16)近松・義太夫コンビによる最初の世話浄瑠璃《曾根崎心中》が上演され,人形浄瑠璃の現代劇化はいっそう推し進められた。貧しい手代と下級遊女の真摯な恋が封建社会の種々の規範と対立し,主人公たちが死をもって恋を貫こうとする構想には,近世悲劇の典型が認められ,以後近松は《堀川波鼓》《冥途の飛脚》《心中天の網島》《女殺油地獄》《心中宵庚申》など24の世話浄瑠璃を著した。…
…近松は,時代物でも,従来の形式を継承しつつ,場面転換に巧みに使用したが,世話物では,全編の劇的な中心に,この形式を置くことによって,悲劇としての様式を確立した。《曾根崎心中》がその出発点である。文学的な意味でも,〈道行文〉の定型を逆手にとり,〈物づくし〉などを援用しつつ鋭い緊張と葛藤に満ちた優れた詞章となっている。…
※「曾根崎心中」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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