選挙において当選を目ざして候補者,立候補予定者,支持者らが行うあらゆる運動を選挙運動という。選挙運動は選挙の公示のはるか以前から始まっている。立候補を希望する人が実際に立候補を表明し,支持者獲得活動を展開し,選挙の公示の段階で立候補の届出を行い,法定の選挙戦の期間に票固めを行うとともに浮動票の獲得に努め,そして投票日に至る。この期間におけるすべての活動が当選と結びつけて考えられる限り選挙運動である。選挙の政治過程は候補者選定と選挙戦とから成り立っている。以下,国会議員,地方自治体の長および議員の選挙に関して,それぞれの段階における選挙運動の形態についてみていく。
通常,政治家にとって第1の目的は選挙で当選することである。どんなに崇高な理想を掲げて政治行動を行っていても,当選しなければ実現手段がなくなってしまう。当選は少なくとも政治家にとっては必要条件である。またすでに議員である政治家は再選をより確実なものにするため,日ごろから選挙民にさまざまなサービスを提供している。一つは地元への利益誘導である。国や地方公共団体の公共事業や大企業を地元に誘導することに奔走する。もう一つは地元選挙民が持ち込むあらゆる問題の解決である。政治家の地元事務所にいる秘書たちは就職あっせん,縁談,苦情から陳情の取次ぎ,中小企業の経営相談から融資まであらゆる世話を提供している。こうした二つの日常活動は,選挙のときに票として戻ってくることを期待してなされている。また,政治家は日常的な地盤培養のための組織として後援会をもっており,会員である有権者と日ごろから接触する機会をもち,後援会が主催する研修会や慰安旅行その他の会合に出席して,有権者を自分につなぎとめておこうとしている。
選挙の期日あるいは衆議院の場合には総選挙の予想時期から数ヵ月ないし1~2年前の段階で,選挙に立候補する予定の人々の顔ぶれはだいたい決まる。それは各政党による次期選挙の公認候補者の発表あるいは候補者本人による出馬表明である。ここに各選挙区における候補者選定過程がある。候補者選定は,各政党や各候補者の単なる発表,声明だけではなく,そこに至る過程にさまざまな地方有力者や各種の団体が関与している。立候補が候補者本人の意思に基づくとはいえ,選挙戦を戦い当選を目ざすためには,どうしても選挙に影響をもちうる有力者や団体に頼らざるをえず,彼らの意向が立候補に反映することとなる。したがって,立候補希望者の看板としての資質が問われなければならないし,選挙資金調達能力や集票能力も吟味される。この時期における選挙運動は,次期選挙における有力な候補者として認められることを主要な目的として行われる。現職の議員や首長はすでに実績があり,知名度,集票能力ともに証明ずみであるから,候補者選定の段階では特別新たな運動を必要としない。現職であること自体がきわめて有効な選挙運動となっているのである。これに対して,新人の立候補希望者の事情は異なり,有力候補者になるために活発な活動を展開せざるをえない。まず,地方有力者たちへのあいさつ回りや売込みがなされる。そして,他のレベルの選挙の現職政治家たちと密接な支持協力関係を作り上げる努力がなされる。各種団体や企業に対する支持の打診も重要である。それとともに,立候補希望者をとりまく支持者集団の培養,今後の活動の母体組織の作成がなされる。
候補者選定が終了した段階から選挙戦は始まる。選挙の公示(告示)以前の事実上の選挙戦では,後援会のさまざまな活動の形をとって選挙運動がなされる。まず,後援会の会員獲得運動が展開され,選挙区内の各地区で後援会結成大会や地区後援会集会が催され,候補者が会員に紹介される。かつての社会党の候補ならば,各企業内の労働組合の集会に丹念に出席し支援を依頼することになる。また,後援会会員に対して後援会機関紙やパンフレットを送付したり,街頭や会員宅などに後援会のポスターや看板を掲示したり,演説,講演,研修会などの活動を行う。こうして,選挙の公示までには後援会の会員名簿が整理され,得票の見込みが計算される。公示以後の選挙戦は,すでに後援会活動を通じて確保した固定票の締めつけおよび各種団体の支持の網の目にかかってこない浮動票を,いかに多く獲得するかという戦いである。この期間における選挙運動は法律によって厳しく規制されているため,画一的である。すなわち,選挙用自動車による宣伝活動,立会演説会への出席,個人演説会の開催,街頭演説,はがきやビラの頒布,テレビ・ラジオ政見放送,ポスター,立札,看板,新聞広告,電話による投票依頼などである。近年では候補者や政党のシンボル・マークを作成したり,候補者が街頭で握手戦術を行うなどカラフルで新しい選挙戦のスタイルが定着している。
公職選挙法では選挙運動と政治活動は区別されている。選挙運動とは特定の選挙につき特定の候補者を当選させるために投票を得,または得させるために必要かつ有利な行為であると解釈されている。政治活動とは政党その他の団体がその政策の普及・宣伝,党勢拡張,政治啓発を行うことであると解釈されている。公職選挙法は選挙の公正を期するために,選挙運動の期間,主体・方法などについて詳細な制限および禁止規定を設けている。選挙運動の期間については,立候補の届出の日から投票日の前日までと定めており,事前運動および選挙当日の選挙運動を禁止している(129条)。また,選挙期日後のあいさつ行為が制限されている(178条)。さらに,社会的行為であっても,自ら出席する場合の祝儀・香典を除く寄付や,答礼のための自筆によるものを除く年賀状等の時候のあいさつ状を出すことも禁止されている(147条の2,199条の2)。
ただし,次のような運動は事前運動の禁止から除外されている。(1)立候補準備行為 これには政党に公認を求めること,候補者詮衡会・推薦会,立候補の勧誘行為,立候補の瀬踏み行為,選挙事務所借入れ,選挙事務所長らの就任,選挙演説会の出演依頼,アルバイト雇用などの内交渉,立看板・ビラ・ポスターなどの作成などが含まれる。(2)地盤培養行為 特定選挙区を地盤としている者が平素から選挙民に接触し,自己の政見,政策等を選挙民に周知させるなどの行為であり,後援会活動はこの除外によって可能になっている。(3)政治活動 政治活動は選挙運動と異なり,特定の選挙の特定の候補者の当選を目ざす行為ではないから,自由に行いうる。政党や後援会などの政治団体が行う議会報告演説会などの開催や議会報告書などの頒布は政治活動として認められる。
次に選挙運動の主体である人についていくつかの制限がある。選挙事務関係者は関係区域内で選挙運動を行ってはならず(135条),特定の公務員は一律に選挙運動を禁止されている(136条)。また,公務員,公社等の役職員,教育者がその地位を利用してする選挙運動を禁じており(136条の2,137条),未成年者および選挙権を停止された者は選挙運動をすることができない(137条の2,137条の3)。
選挙運動の方法についても制限がある。選挙事務所を設置できるのは,衆議院小選挙区については候補者または推薦届出者および候補者届出政党,衆議院比例代表と参議院比例代表については名簿届出政党,その他の選挙については候補者または推薦届出者に限られ(130条),選挙事務所の数は選挙ごとにその上限が定められている(131条)。選挙事務所は原則として1ヵ所に限られており(131条),選挙当日には投票所から300m以外の区域に設置することが認められている(132条)。言論による選挙運動は,個人演説会と候補者届出政党や名簿届出政党が行う政党演説会を除いて他の演説会を開催することはできない(164条の3)。また,街頭演説も厳しく制限されており(164条),連呼行為は原則として禁止されている(140条の2)。その他,特定の建物および施設では演説が禁止されている(166条)。文書図画による選挙運動については,法定はがきと法定ビラの頒布,ポスター・立札・看板などの掲示について枚数,大きさ,掲示場所,撤去などについて詳細な規定を設けて制限している(142~147条)。新聞,雑誌の報道および評論の自由にも制限が設けられている(148条)。また,公費で政見放送と経歴放送が行われる(150~151条)。候補者の経歴,政見などを掲載した選挙公報が公費で発行され,有権者に配布される(167~170条)。候補者,候補者届出政党,名簿届出政党は公費で選挙に関する新聞広告を一定回数に限り掲載することができる(149条)。
このほか,選挙運動に関する禁止規定には,諸外国ではもっとも一般的な選挙運動の方法である戸別訪問が禁止されている(138条)。また,署名運動の禁止(138条の2),人気投票の公表の禁止(138条の3),飲食物の提供の禁止(139条),気勢をあげる行為の禁止(140条)などがある。選挙の公正を期するため,買収,供応や選挙の自由妨害などおよび上述の禁止規定について罰則を設けており,選挙運動の総括主宰者その他,中心的役割を果たす者や組織的選挙運動管理者等および親族,秘書が買収など一定の選挙犯罪を犯したときは当選が無効になり,5年間立候補を禁止される連座制を規定している(251条の2,251条の3)。
選挙運動期間中における政党その他の政治活動を行う団体の政治活動については,政談演説会および街頭政談演説の開催,ポスターの掲示,立札および看板の類の掲示およびビラの頒布ならびに宣伝告知のための自動車の使用が一律に禁止される。ただし,衆議院総選挙における候補者届出政党と名簿届出政党は,それぞれの選挙区ごとに候補者数などに応じて一定の選挙運動をすることができる。それ以外の選挙については,一定数以上の所属候補者(参議院選挙の場合10名,都道府県および指定都市の議会選挙の場合3名)をもつ政党その他の団体が申請して確認団体になったときに限り,上述の活動について一定の制限の範囲内で行うことができる(201条の5~10)。
→後援会 →公職選挙法 →選挙
執筆者:川人 貞史
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
法律用語としての選挙運動とは、一般に、特定の選挙において特定の候補者の当選を目的として、選挙人に対して直接的または間接的に働きかける行為をいう。すなわち、ある行為が選挙運動であるとされるには、第一に、その行為の対象たる選挙が特定していることが必要である。かならずしも、選挙期日の公示または告示がなされていなくても、当該公職についての任期満了の接近や議会の解散が予測される事情のもとでは、選挙が特定していると解される。第二に、選挙運動は、特定の候補者のためにするものであり、個人・政党等の行う政策の普及宣伝、党勢拡張などの政治活動とは区別される。第三に、選挙運動は、当選を目的として行われる行為である。日当を得ることを目的として文書を発送したり、物品を運搬するなどの単純な労務の提供はこれに該当しない。第四に、選挙人に直接間接に働きかける行為である。他人を当選させないためにする選挙妨害行為も、自己の当選を目的にする場合は選挙運動である。政党の公認を求める行為や立て看板・ポスターの作成などの立候補準備行為・選挙運動準備行為は内部的行為としてこれに該当しないと解される。以上が選挙運動の概念を構成する四要件である。実際には、選挙運動と政治活動や選挙準備行為との区別のむずかしい場合があり、それは具体的場合に応じて、その行為がなされた時期、場所、方法、対象などの実態を十分把握したうえで判断されなければならない。なお、選挙運動が一般的用語として用いられる場合、選挙期間のはるか以前から、立候補予定者が日常的政治活動の一環として行っている、選挙地盤となる選挙民へのさまざまなサービスの提供、後援会活動や立候補予定者としての諸団体・地元有力者への挨拶(あいさつ)回りなども広く選挙運動といえる。
[三橋良士明]
選挙運動は直接的には候補者への投票を得るための行為であるが、同時にそれは候補者の政見を選挙人に訴え、それへの支持を広げる活動でもある。思想・言論の自由、政治的自由を基盤とする議会政治のもとで、選挙運動は本来自由でなければならないと同時に公正に行われなければならない。私利・党利のために権力、金力、暴力をもって、選挙民の意思が歪曲(わいきょく)されないように、いずれの国においても選挙取締法が制定されている。わが国では、「選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的」として、公職選挙法が制定されている。同法は、選挙運動の期間、主体、方法などに関して各種の制限を定めている。
第一に、選挙運動は、立候補の届出(参議院比例代表選出議員の選挙にあっては、名簿の届出)のあった日から、当該選挙の投票日の前日まででなければすることができないという時間的制限がある(129条)。これによって、立候補の届出前における事前運動と選挙当日の運動が禁止される。第二に、特定の者の選挙運動が禁止されている。すなわち、〔1〕投票管理者、開票管理者などの選挙事務関係者(135条)、〔2〕選挙管理委員会の委員・職員、裁判官、検察官、会計検査官、公安委員会の委員、警察官、収税官吏および徴税の吏員等の特定の公務員(136条)、〔3〕満18年未満の者(137条の2)、〔4〕選挙犯罪によって選挙権・被選挙権を有しない者(137条の3)の選挙運動は禁止されている。さらに、一般職の国家公務員・地方公務員については、公務員法により政治的行為が禁止されているほか、公選法により地位利用による選挙運動・選挙運動類似行為が禁止されている(136条の2)。教育者も地位利用による選挙運動が禁止されている(137条)。第三に、選挙運動の方法に関してもさまざまな制限がある。戸別訪問の禁止(138条)は選挙運動取締法制の発達したイギリスにも例をみないわが国独特のものであり、憲法第21条の言論の自由を侵害するとして裁判で争われたことがあるが、最高裁は合憲と解した。署名運動、人気投票の公表、飲食物の提供、気勢を張る行為、連呼行為は禁止され(138条の2~140条の2)、文書図画による選挙運動については、はがき・ビラ・ポスターなどの枚数等の厳しい制限がある。言論による選挙運動についても、立会演説会は公営のもの以外は許されず、個人演説会、街頭演説に関しても各種の制限が課せられている。結局、選挙公報の発行、立会演説会、政見放送、経歴放送などの公営以外の選挙運動は厳しく制限されている。第四に、買収・饗応(きょうおう)などの金権・腐敗選挙を防止し、各候補者ができるだけ平等な経済的条件のもとで選挙ができるように、選挙運動の費用が規制されている。支出金額については、各選挙ごとに告示される法定基準があり、この法定選挙費用を超過した場合には、選挙犯罪となる(247条)のみならず、当選無効となる(251条の2)。また出納責任者を選任させ(180条)、収入・支出の届出や公開(192条)を定めているほか、特定の者からの寄付行為が禁止されている(199条以下)。
[三橋良士明]
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(蒲島郁夫 東京大学教授 / 2007年)
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…公選法の目的は,日本国憲法にのっとり,衆議院議員,参議院議員ならびに地方公共団体の長および議員を公選する選挙制度を確立し,その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明かつ適正に行われることを確保し,もって民主政治の健全な発達を期することにある(1条)。したがって,この法律は,日本国憲法にみられる選挙の原理である普通・平等・秘密・任意・直接選挙および選挙運動の自由を具体化したものであるといえる。日本の近代選挙制度は,1889年の大日本帝国憲法の制定にともなって制定された衆議院議員選挙法に始まるが,納税額など一定の財産資格を付した制限選挙の時代,さらには選挙運動の規制を強めたうえでの男子普通選挙制の時代が続き,公選法が具現している原理の確立は日本国憲法の制定をまたなければならなかった。…
…【植松 正】
[選挙法上の連座]
個人責任の思想が確立された近代国家においては,連座制は原則として行われないが,例外として,選挙法上,候補者以外の者による選挙犯罪を理由に候補者の当選を無効にし,また,一定期間立候補を禁止する制度が,広く世界の国々において採用されている。これは通常,候補者と一定の関係にある者による悪質な選挙犯罪は当該候補者の選挙運動が,全体として悪質な方法により行われたことを推測させ,当該候補者が当選しえたのは不正な手段によるものであることを推認させるからである,などと説明されるが,今日〈連座制〉というときには,この選挙法上の制度を指す場合が多い。 日本の公職選挙法において連座制が適用されるのは,選挙運動の総括主宰者等の選挙犯罪による場合,組織的選挙運動管理者等の選挙犯罪による場合,公務員等の選挙犯罪による場合との三つがあるが,前二者の場合における連座対象者の範囲の拡大や罰則等の強化によって徐々に連座制の強化が進められてきており,通常,連座制というときは,主としてこれら二者の場合を指すことが多い。…
※「選挙運動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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