郷義弘(読み)ごうのよしひろ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

郷義弘
ごうのよしひろ

鎌倉時代末期の刀工。通称右馬允越中国松倉城主桃井氏の家臣であったが,鍛刀を好み,鎌倉に出て正宗 (岡崎正宗) に師事し,その秘法を修得した。正宗,吉光 (→粟田口吉光 ) と並び称される名工。作刀は室町時代以降の武将に愛好された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

郷義弘 ごう-よしひろ

?-? 鎌倉時代の刀工。
越中(富山県)松倉にすんだため郷(江とも)とよばれる。相模(さがみ)(神奈川県)の正宗(まさむね)にまなんだといわれ,江戸時代に正宗,吉光とならび三作と称された。現存する在銘作はなく,いずれも後世に鑑定されたものである。作品に「富田江」「稲葉江」(ともに国宝)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

郷義弘

生年:生没年不詳
鎌倉末期の刀工。越中(富山県)婦負郡松倉郷に住したため郷の義弘といわれた。相州正宗の弟子となり,鎌倉に下り,のち越中に戻ったと伝える。作品は太刀がほとんどで,室町末期の押形集である『往昔抄』には短刀も載せている。作風は直刃を基調とした大和風のものと湾れ調に沸が深くついた独自のものとの二様があるが,鍛えはいずれも精美である。しかし在銘作は1点もなく,すべて磨き上げられて無銘となっている。秀吉のころには各大名に賞用され,江戸時代でも享保年間(1716~36)に編録された『享保名物帖』には正宗,粟田口吉光とともに三作として多く掲載されている。<参考文献>本間順治『相州伝名作集』

(原田一敏)

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大辞林 第三版の解説

ごうよしひろ【郷義弘】

鎌倉末期の刀工。正宗十哲の一人と伝え、江戸時代、吉光・正宗と並び三作と呼ばれたが、在銘刀は一振りもない。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

郷義弘
ごうのよしひろ

生没年不詳。鎌倉末期の刀匠。相州正宗(まさむね)の門人と伝えられる。越中(えっちゅう)国(富山県)松倉郷の住人であるところから、世に松倉郷、あるいは郷とよばれる。「郷」と同音であるところから室町末期ごろから「江」と書かれる(ただし、義弘は大江氏の一族であるので江と書くとの説もある)。現存する有銘作はなく年紀もないが、作風からみて時代はそのころと認められ、技量は地鉄のよさにおいて正宗門人中の第一にあげられる。『享保名物牒(きょうほうめいぶつちょう)』にある稲葉江、富田江は現在国宝であり、重要文化財には桑名江、松井江、五月雨(さみだれ)江、村雲江、豊前(ぶぜん)江などがある。[小笠原信夫]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ごう‐よしひろ【郷義弘】

鎌倉末期の刀工。初名義広。通称右馬允。越中の人。五郎正宗に師事。その刀剣は、吉光、正宗とならび、三作として賞された。正安元~正中二年(一二九九‐一三二五

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