酸化還元(読み)さんかかんげん

改訂新版 世界大百科事典 「酸化還元」の意味・わかりやすい解説

酸化・還元 (さんかかんげん)

狭義の定義として,物質が酸素と結合することを酸化oxidationといい,酸化物が酸素を失うことを還元reductionという。たとえば,銅Cuを空気中で加熱すると,

 2Cu+O2─→2CuO

の反応をして酸化銅CuOとなる。ここで,銅は酸化されたという。また,酸化銅を水素中で加熱すると,

 CuO+H2─→Cu+H2O

の反応を起こして,酸化銅は酸素を失って銅を単離する。これを銅が還元されたといっている。

 酸化の代表例は燃焼である。人間の文明はこの燃焼すなわち火から始まる。しかし,燃焼が近代化学の中に取り込まれたのは18世紀も後半のことである。18世紀の初めには,ものが燃えるのは,その物質中に含まれるフロギストン燃素)が放出されるためであるとする誤った考え方が一般に受け入れられていた(フロギストン説)。金属が燃えて灰(金属灰)になるのは,金属からフロギストンが逃げていくためであるとされた。そして,この金属灰をフロギストンに富んだ木炭とともに加熱すると,もとの金属に帰るのは,金属がフロギストンを再び受け取るためと考えた。このもとの金属に戻るreduceとする考え方が還元reductionの語源となった。フランスの化学者A.L.ラボアジエは1770年代に,密閉した容器の中でスズや鉛を加熱すると金属光沢を失って灰化するが,容器全体の重さは変化せず,金属が灰化することがフロギストンを失うこととする考え方に大きな疑問を抱いた。ラボアジエはさらに,J.プリーストリーが行った酸化水銀加熱分解についての実験にヒントを得て燃焼の研究を続けた。そして1777年,燃焼とは物質が酸素と結合すること,すなわち酸化現象の一つであるとの結論に到達した。

 一般に酸化・還元は,その概念を拡張して用いられている。すなわち,物質を構成する原子(またはイオン)間の電子の授受として取り扱っている。たとえば,マグネシウムMgを空気中で燃やすと容易に酸素と結合する。

 2Mg+O2─→2MgO

この反応では,マグネシウム原子は酸素原子に電子2個を渡して,Mg2⁺とO2⁻となってイオン結合する。このように,原子やイオンから電子を取り去る反応を酸化,逆に原子(またはイオン)が電子を受け取る反応を還元と呼んでいる。ここで取り上げた例では,マグネシウムは酸化され,酸素は還元されたことになる。このように,一つの反応の中では電子を失う原子(イオン)と電子を受け取る原子(イオン)があり,酸化と還元が同時に起こる。このような反応を酸化還元反応と呼んでいる。

 マグネシウムと酸素(Mg+O2)のように電子の授受によってイオン結合の化合物を生ずる場合には,電子の授受と酸化還元の関係は理解しやすい。しかし反応によって共有結合化合物を生ずる場合,どの原子からどの原子に電子が授受されたかは明確でない。これらを統一的に理解するのに酸化数が用いられる。いくつもの原子やイオンから組み立てられている化合物の中で,結合に関与する電子(価電子)を,その化合物をつくっている原子に割り当てた数を酸化数と呼んでいる。反応によって酸化数が増加することは酸化されたことに対応し,酸化数の減少は還元されたことになる。これをマグネシウムの酸化反応に適用すると次のようになる。反応の前後においてマグネシウムMgの酸化数は0からⅡに増加し,酸素Oの酸化数は0から-Ⅱに減少する。したがって,マグネシウムは酸化されたことになり,酸素は還元されたことになる。すでに述べたように,酸化銅は水素によって還元される。これは銅と酸素の結合力より酸素と水素の結合力のほうが強いためで,水素を基準とすると,水素は酸化銅によって酸化されたことになる。このように化合物が水素と結合することを還元といい,水素を失うことを酸化という場合もある。一般に金属は酸化物の形で産することが多い。したがって金属を単離することは金属酸化物を還元することになる。金属と酸素の結合の強さは金属の種類によって異なり,それに応じて金属を単離するための還元剤も異なる。たとえば,酸化鉄Fe2O3の単離には一酸化炭素COを用いている。

 Fe2O3+3CO─→2Fe+3CO2

 有機化合物の酸化・還元は,その合成の基礎反応として重要である。その場合,有機化合物中の酸素原子の増加,あるいは水素原子の減少を酸化,酸素原子の減少,水素原子の増加を還元という。

 原子中の電子の授受に伴うエネルギーの変化は酸化還元電位によって定量的に測定することができ,原子の重要な物性量の一つである。酸素を含む空気で囲まれた地球上では,さまざまな酸化反応が起こっている。酸化の代表例に金属がさびる現象がある。鉄釘を空気中に放置しておくと金属光沢を失ってしだいに茶褐色のさびが表面を覆ってしまう。これは空気中の酸素が金属と結合して鉄の酸化物ができるためである。鉄酸化物では,酸素が金属の中まで拡散して,金属全体がさびてしまう。一方,アルミニウムなどでは,酸化物がじょうぶで表面を密に覆って酸化作用の進行を防ぐために,長く空気中に放置しても金属光沢を保っている。さびの進行を防ぐために,表面を酸化しにくい金属でめっきしたり,塗料を塗って酸化を防止する。さらに最近は,表面に保護被覆性の強い酸化物を生成させて金属全体の酸化防止に役立てている場合もある。鋼に0.25~0.5%の銅をまぜた耐候性鋼はその具体例で,酸化しやすい海峡の橋などに使われている。

 着色した繊維の脱色には漂白剤が利用される。漂白剤としては,その酸化作用を利用する過酸化水素,さらし粉,次亜塩素酸ナトリウムなどを用いたり,還元作用のある亜硫酸や亜二チオン酸ナトリウム(ハイドロサルファイト)を利用する。亜硫酸H2SO3は染料や色素から酸素を奪って次のような反応を起こし,

 H2SO3+[O]─→H2SO4

色素や染料を漂白する。また動物の呼吸も生命を維持するための酸化・還元反応である。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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